「食べ物」 東京大学公開講座 1985年 東京大学出版会

 古い本なのですが、食品の全体を捉えた本が他に見当たらなかったので・・。健康事業の研修ために読んでみました。

 以下は、この本の要約と引用です。*印の部分は、関連情報の検索結果と、生禿の見解です。


1.国際政治と食糧 高橋進

 アフリカをはじめ多くの途上国で飢餓が常態となっている。
*どれだけ多くの人々が飢餓で死のうと、一方で、多くの人々が食べ物を余らせて捨てる。この事実を解決する方法は、今のところ無い。そして、永遠に無いであろう。

 人口の増加に食糧生産が追いつかない。米国のコーンベルト地帯では、地下水の汲み過ぎのために水が枯渇し、危機的な土壌侵食が起きている。水を排水能力以上に使ったとき湿地化と塩害が起こり、耕地を不毛の土地にしていく。
*水不足により、単収の伸びは鈍化している。食糧生産は、土地と日照と水と人手と肥料/農薬によって、生産量が決まる。灌漑農業は、ダムの建設などによって農地の荒廃を招いている。米国では、ダムを壊して、環境を保全している。

*サウジアラビアは、米国主導の「緑の革命」により、化石水を組み上げて小麦の生産量を倍増させ、人口も大幅に増えた。一時は小麦の輸出国になったが、化石水は汲み上げれば無くなる。農地は荒れ果て、農民は漂流民となって都市に流入する。そして、石油利権のために、自分たちの運命を弄んだ米国を恨む。アルカイダが生まれたのは必然である。こうして、オサマ・ビン・ラディンは、サウジアラビアから米国空軍基地を撤退させた英雄となった。現在、中東の米軍の空軍基地はカタールのみ。欧米に偏向した放送局、アルジャジーラがあるアラブ首長国連邦の一国である。
*水資源管理が、自国の重大な安全保証問題であることを知るイスラエルの水の利用効率は高く、世界水準の6倍を示していると言われている。
*解消されてはいるが、黄河の断流は、中国の水不足が深刻であることを示している。

 緑の革命によって、農作業が効率化し、人手で減り、農業労働者の多くが都市スラムに流れ込んだ。アジアやラテンアメリカの都市の6割以上がスラムとなっている。

 魚の乱獲によって漁獲量の伸びは鈍化している。東南アジアとアジアとアフリカでは、動物性蛋白質に占める魚の割合は高い。

 畜産では、多くの草地が過剰放牧の状況にある。砂漠化の一因となっている。

 世界の穀物の4割が家畜の餌になっている。肉食の増加は、貧しい人々が食べる筈の穀物を奪っている。

 先進国は、食糧の生産・流通・消費において圧倒的に優位に立っている。米国は世界最大の農業輸出国である。米国のアグリビジネス、特にカーギル社など6つの穀物会社は、世界の食料貿易を支配している。

 途上国の食糧事情の中心には、飢えの問題がある。女性は子供を産み続け、重労働と栄養不足で早死する。そして、栄養失調の子供は増え続けている。第三世界の人々の半数以上は、清潔な水に恵まれない生活を送っている。

*先進国の人々は、豊富な食べ物を好きなように食べながら、「サプリメントを摂取する」という極めて不健康な食生活を送っている。

*単収を減少させる「無農薬の作物を買う」という、先進国の人々の自分勝手で不見識な行動によって、世界の貧しい人々を餓死させている。


2.食べ物と文化 伊藤亜人

 異文化の影響によって、食物を物質として捉える栄養学や生物化学の食品論によって、伝統的な食物の意味が失われる傾向にある。年中行事などで食べられる食物には、呪の力によるものも含まれている。食物に込められる意味は、その食物をめぐる社会状況と切り離して考えることはできない。食物に関する役割分化は社会関係の基本である。

 食物は商品化され、その食物が存在した環境や、手に入れるための知識や感性とは無縁なものとなってる。


3.日本人の食生活の変遷 大林太良

 米を食べていれば生きていいられる。麦などとは違う点である。そして、主食と副食という体系ができていくる。西洋料理にはそういう体系は無い。

 麦を作る地域では、肉を食べるために、家畜も飼っている。日本の場合は、水稲は入ってきたが、家畜は入ってこなかった。野生の動物がたくさんいたからだと考えられる。日本においては、最近まで儀礼としての狩りを行うところがたくさんあった。仏教が入ってきても、鹿や猪や兎は食べられていた。

 明治以降の変化の一つに弁当がある。朝食を飯を炊くことを広め、温かいご飯と味噌汁と浅漬けという組み合わせが普及した。戦後は、給食と外食の普及のため、家庭生活のリズムがまた変わってきた。


4.農水省の「日本型食生活」を考える 佐伯尚美

 栄養構成からいって(蛋白質・脂肪・炭水化物の比率が適性で)、日本型の方が優れている。洋風化に抗して、米の消費低減に歯止めをかけようとした。

 農水省の「日本型食生活」という問題提起は、予期以上の効果を発揮した。米国での食生活の見直しの動きがあり、日本食ブームが起こる

 食料の供給構造と需要構造の乖離は大きい。肉類の消費に歯止めをかける必要がある。生産に合わせた需要の視点も必要となってきている。


5.新しい食品加工の動向 加藤博通

 天然の植物は、害虫や微生物の攻撃に対して防御するために毒性物質を含んでいる。食品加工の意義は、食糧に対して安全性・栄養性・嗜好性・貯蔵性・利便性を付与することである。

 液体窒素による瞬間冷凍により、新鮮な品質が保持できる。膜処理によって、微生物を除去したり、低分子物質を分離することができる。

 固定化微生物と固定化酵素、細胞培養技術も利用され始めている。
*酵素や微生物などの生体触媒は,通常は水に溶げた状態で使用するが,固定化することにより,(1)生体触媒を安定化できる,(2)回収が容易になる,(3)高濃度で固定化すれば高密度生体触媒が得られる, (4)水溶液ばかりでなく有機溶媒でも使用できる,の利点が生ずる.

 健康食品は、規制外にあって安全性の面で欠陥をもっている。安全な健康食品が少ないのである。米国でも、ヘルシーフードショップが減少している。


6.健康と食べ物 細谷憲政

 食べ物について、これが身体に良いとか悪いとかいうものは存在しない。食べ物の素材となっている動物や植物は、人間の体に都合の良いようには出来ていない。人間は、それらを都合のよいように加工して食べ物にしている。有害物を取り除き、減毒化し、消化吸収のよいようにしている。

 体内での食物の処理は、その人の身体状況によって異なっている。食べ物に含まれる栄養素の成分組成で健康を論じることはできない。食べ物と健康の関係を論じるには、人間の身体全体と食事との関係の問題になる。

 食べ物は消化機構の消化作用を受け、分解されて、身体に必要な栄養素が腸管から選択的に吸収される。これらの機構は、神経系と内分泌系の作用を受けて調整されている。

 栄養素の欠乏を防ぐための「栄養所要量」(下限)と、成人病の誘発を回避する指標として示される「食事目標」(上限)が設定されている。

 25歳前後を境にして身体の活性は低下し、若い時と同じように食べ物を摂っていれば過栄養の状態を引き起こす。

 医学では、健康と病気の区別をつけることはできない。どこも悪いと思われないにも拘らず、頭が痛いとか、腰が痛いと訴える、不定愁訴も把握されるようになってきた。生活に不満を持ち、生きることに無気力な人に不定愁訴が多い。また、食事摂取の不規則な人達でもあった。さらに、大都市の女子大生の半数は、節食しているために、生理不順であるとも言われている。

 ブドウ糖をエネルギー源としている主要な臓器は、脳と神経である。長時間の筋肉活動には、脂肪酸が利用される。

 生化学あるいは分子レベルの知見と、人間まるごとについて観察した結果では、ギャップがあることに気をつけなければならない。

 蛋白質は小腸でアミノ酸に分解されて吸収され、身体に必要な蛋白質に合成される。蛋白質には貯蔵蛋白質というものは存在しない。

 基礎代謝や体水分含量や神経の伝達速度などは、加齢とともに徐々に低下していく。労働力や心拍出の低下、腎臓の血流量や濾過率の低下は著しいので、高年齢者は腎疾患や心疾患に罹患しやすくなる。長寿の人の食生活は、蛋白質やビタミン・ミネラルの豊富な緑黄色野菜を毎日摂っている比率が高かった。

 特定の食品が健康に良いとか悪いとかいうことはあり得ない。サプリメントを用いて、身体の調子が良くなったなら、その人は栄養摂取のバランスが崩れていたのである。


7.食べ物と病気 和田攻

 どんな食べ物でも、いかなる物質でも、それが有害か安全かを判定する基準は「量」である。

 100匹のマウスに少しづつ量を増やして食べさせた時に、どんな病気がどれくらいでるかを、[量-反応関係]と呼ぶ。病気にならない量を「無作用量」と言う。1日許容摂取量(ADI)を安全性の基準に用いている。発癌性物質には無作用量はなく、安全量を用いている。食品の中に発癌性物質が種々検出されている。

 一般に食物と言っているのは、かなり量を摂っても病気にならず、しかもエネルギー的にプラスの作用があるものを仮定して呼んでいるに過ぎない。

 生物学-半減期は、身体の中に化学物質が半分になるのにそのくらい時間がかかるかの指標。生物学-半減期と1日当たりの摂取量によって、その物質の作用の有無が決まる。

 硝酸塩の摂取量が増えると胃癌になりやすいという報告がある。日本国民は、野菜から多くの硝酸塩を摂っている。野菜の摂取を勧めるのも危険だということになる。


8.食べ物と免疫 山内邦男

 食べ物と免疫の関係については解っていないことが多い。

 多様な抗原物質に対応するため、消化管には局所免疫機構が備わっている。

 少量の蛋白質が大きい分子のまま、小腸上皮細胞から取り込まれリンパ管に流入することもある。特に、新生児期や乳児期には、蛋白質がそのまま腸管を透過しやすいと言われている。


9.食べ物と薬 花野学

 薬が吸収され、体の色々な動きをして体の外に出ていく。その間に体に作用する。薬の体の中の動きに食べ物が影響を与える。カフェインやアルコールなどが顕著である。

 飲み薬と注射剤を同じ量で与えると、注射剤の方が強い効果を現す。注射剤は肝臓を通らないで直接血液の中に入っていく。

 効果の減らない剤形の開発には問題がある。薬品は1グラムいくらで売られている。研究開発した製品が安くなることは製薬会社にとっては不都合である。不要な薬の量を減らせるので副作用も減るが、薬品会社の収益も減少させる。