「ビジネス心理学 100本ノック」 榎本博明 2018年 日経文庫

 心理学を学んだとは言え、臨床や実験研究の経験の無い著者ですから、心理学の本としては読めません。それでも、手軽にビジネスに関係ありそうな話題をそれなりに整理してくれています。ありがとうございました。以下はこの本の要約と引用です。*は私の見解です。



《はじめに》

 心理学者カーネマンが、ノーベル経済学賞を受賞したのがきっかけとなり、行動経済学に注目が集まり、ビジネス界で心理学の必要性が叫ばれるようになりました(*カーネマンを「心理学者」と呼ぶのは心理学者ではない証拠です)。経済は感情で動くことが再認識されました。

《1. 人間関係の心理学》

 いったん印象ができあがると、その印象に沿った解釈がされるため、印象を修正するのが難しくなります。

 自分の言動と周囲の反応をチェックし言動を調整することを、セルフモニタリングと言います。

 接触頻度が高いというだけで魅力が増すことが単純接触効果。その絶大な効果は、実験により証明されています。

 共通点があるとその相手に好意が湧いてきます。

 積極傾聴は、1)相手の言葉にしっかり耳を傾ける、2)相手の言葉を遮らない、4)言葉に込められた想いを汲み取ろうとする、ことです。

 相手との距離の取り方は、関係性を表現しています。対立場面では向き合って座り、横に座ると協力関係が強化されます。カウンター席を選ぶのも一つの手法です。

 誰もが自分に都合よく物事を知覚し(選択知覚)、自分に都合よく物事を記憶している(選択記憶)のです。記憶は都合よく変容します。

 誤解を避け、意思の疎通を良くするためには、はっきり伝えるのが良いのはビジネスの基本。人々の間に共通の文化の文脈がなく、言葉ではっきり言わないと通じ合えない文化と、人々が共通の文化文脈を持ち、言葉で言わなくても通じ合う文化があります。

 日本語では「人間」が「人」を意味します。日本では、自己が他社との関係を抜きに成立しません。私たちは、「個」を生きるのではなく、「間柄」を生きています。

《2. 人事評価の心理学》

 人間の自己認知には歪みがあり、自分を課題評価する心理傾向があります。人事評価に客観評価などはありません。業績低位の人々は自分の能力を平均以上とみなし、高位の人々には過大評価はありません。

 悲観主義者は、一般に成績が良い。失敗を恐れて用意周到に準備し、あらゆる状況を想定し対処を検討しておくことが、成功に導きます。

 困難な具体目標を設定した場合の方が、動機も高く、成果も良い。但し、目標を超過した部分を評価しないと、目標以上の成果を出さないように押さえます。来季の目標が高くなるのを回避しようとします。

 SNSの普及により、人からの承認が可視化されることにより、承認欲求の虜になる人が増えてきました。「嫌われる勇気」は、そんな状態に鬱陶しさを感じる人が多いことの表われです。売上高などの明確な評価基準は、強引な取引が横行する危険性を孕んでいます。

《3. キャリアと能力開発の心理学》

 自分がよくわからない、やりたいことが見つからない。やりたいこと探しより、目の前のことをきちんとやる姿勢を身に着ける方が大切です。

 不透明さに不安を感じるのではなく、不透明だからこそワクワクするといった心構えが求められます。環境の変化に柔軟に対応しならが自己の可能性を開発していく。決めつけないことによって、高い適応力を保つ。あらゆる事柄に心を開いておく。とりあえず今気になることをやってみる。このような開かれた心の構えが求められています。

 偶然の好機をものにするには、それに乗るだけの力をつけておく必要があります。

 自分を動機づける力、長期の視野で行動する能力、自分を信じる能力、他者を信頼する能力、自分の環状を制御する能力。情動能力が人生を左右します。

 自分ならできるという自信を作るには、成功体験を支える仕組みや、他人の成功を見て自分にもできそうな気にさせる環境が必要です。

 やりぬくには、意思の力ではなく、習慣化することも必要です。

 結果に拘るのではなく、自分の能力を高める、成長することを心掛けます。仕事のできる人は業績目標ではなく、学習目標を持つ人です。部下に課題を与えるときは、結果よりも成長を意識させます。

《4. やる気の心理学》

 自分よりできない人と比べると、努力せずに自信を持つことができます。自分より優れた人と比べると、向上心を燃やすことができます。

 経営者が従業員の能力を活用できないのは、その能力を引き出す手腕が無いからです。

 幼児は言葉を覚え始めると、読める字があると嬉しそうな顔をします。勉強嫌いになるのは、良い成績を取って褒められるため、勉強が手段になってしまうからです。自発の行為が外から報酬を与えられることで、やらされている感が生まれ、やる気を失ってしまうのです。

 やりがいを強調し、利用しようとする管理者は要注意です。

 原因帰属を「自分のせい」にする人は、高いモチベーションをもって行動できます。但し、能力が無いと考えると落ち込みます。努力が足りなかったと受け止めるとモチベーションが上がります。

 モチベーションを高める職務特性は、重要な仕事であり、自立して進められ、結果の評価が得られることなどです。

 成功追求型の人は、成功確率が5分5分の時に動機が高まり、失敗回避型の人は、成功確率が1に近い時に動機付けられます。

 人物の評価は環境によって影響されます。快適な部屋、好きな音楽が流れている時など、人に好意を持ちやすくなります。柔らかい椅子に座る、暖かいカップを持つと、好意を抱きやすくなります。

《5. リーダーの心理学》

 まずは部下の「言い訳」に耳を傾け、現状を理解します。その姿勢が部下の自己防衛の心理を和らげ、事実に即して説明できるようになっていきます。

 集団の成熟度に合わせて管理方針は[指示 → 説得(気持ちへの配慮) → 動機付け → 権限移譲]と変わっていきます。

 変革リーダーには、圧倒する本気が不可欠です。

 期待されると、期待された人の成績は伸びます。優れた管理者は、達成できるという期待感を部下に抱かせる能力を持ちます。

 集団の中に埋没すると個々の能力=成果が低下します。人数が増えるほど、一人当たりの努力が減ります。

 全会一致の決議方式は危険です。本気で検討したら異論が出ないわけがありません。一人でも同調圧力に屈しない人がいれば、意見を出しやすくなります。反対意見を述べる人を決めておきます。

 組織や規定を変えても、風土は変わりません。人間関係に左右される属人思考を変えない限り、風通しは良くなりません。

 集団凝縮性を高めるには、外敵を作ります。集団凝縮性を高めると、集団が閉鎖性が強くなります。

 集団で決めた方が、リスクのある選択肢を選ぶ傾向があります。「みんなで渡れば怖くない」。重大な案件を検討するときには、各メンバーに前もって個別に考えさせます。積極策を模索したいときは、責任の分散心理が働く、集団で話し合います。

《6. 説得の心理学》

 親切にすることで負債感=「お返しの心理」が期待できます。

 自分自身の判断基準が無いとき、自分に似た人がどうしているかを基準にしようとします。

 ランチミーティングなど、飲食中は相手の説得を受け入れやすくなります。

 知性が低い相手には一面説得が効果が高く、否定する相手には両面説得が効果が高くなります。

 初めに小さな要求をして受け入させ、次に本来の要求をすると受け入れやすくなります。初めに過大な要求をし、相手が抵抗を示したときに、それよりも受け入れやすい本来の要求を持ち出す手法もあります。いったんその気になると、条件が悪くなっても受け入れやすくなります。また、好条件は後から追加した方が効果があります。

 相手が関心を持っている場合は、最後に最も強力な訴求点をもってきます。関心が薄い場合は、最初に最初に強い訴求点をもってきて関心を高める必要があります。

《7. マーケティングの心理学》

 プロスペクト理論による損失回避傾向は、行動経済学に応用されています。値引きの効果よりも、値段を戻す損失感の方が大きいため、買い控えが起こります。

 ネットの時代になって、苦情の質が変わりました。「落ち度」を探し、悪評を拡散させて面白がる人がいます。

《8. 困った人の心理学》

 攻撃性の背後にあるのは妬む心です。自分が楽しい思いをしていることを得意げに発信するのは危険です。

 敵意は、歪んだ認知に起因します。思い通りにならない日常に欲求不満をため込んでいます。コンプレックスを刺激しないようにします。

 甘えと恨みは同じ根っこから生じます。自己主張する欧米人と違い、相手が汲み取ってくれるのを待つ日本人だからこそ甘え型の攻撃性を抱くわけです。

 起業して成功した人には、自分勝手で、攻撃的で、他人の気持ちを配慮しない人物も少なくありません。自己中心性と良心の呵責の欠如、誤魔化上手は、共感能力の欠如と関係があります。