「自然選択の方途による種の起源(下)」
チャールズ・ダーウィン 1859年(原著) 岩波文庫
チャールズ・ダーウィン 1859年(原著) 岩波文庫
9.地質学記録の不完全について
新しくそして改良された生命の形態は、古くて改良されていない形態を押しのける傾向を持つ。
古生物学の標本が不完全であることは、誰も認める。化石種の多数はたった一つの、しかもしばしば破損した標本によって、あるいはどこか一箇所で蒐集された少数の標本によって、知られ、命名されたものだ。
第三紀哺乳類の骨の多くが洞穴あるいは湖沼堆積物の中に発見されたものであること、また第二紀あるいは古生代の岩層に属するものとして知られる洞穴や湖沼床が一つもないことを思えば、その稀であることも驚くにあたらない。
岩層が広大な時間の間隔で隔てられている。自然界でそれを調べると、それらの岩層が密接に連続していると信じてしまいがちである。ある岩層の下方の岩床が隆起し、侵食され、水中に沈み、岩層の上方の岩床によって再び覆われた例も多くあげられる。
化石に富む地層が崩壊に耐えるに十分な厚さと広がりを持つ岩層は、沈下の時期に広い範囲にわたって形成されたと思われるが、それは、海を浅くし、遺骸が分解する前に埋めて保存するに足りるだけの沈積物の供給があるところに限られている。欧州には昔、多数の有袋類がいた。化石を含む堆積層がその後の崩壊に耐えられるだけ十分な厚さに積もるためには沈下が必要である。
古生物学者が軽微な差異に基づいて種を立てることはよく知られている。標本が同じ岩層の違った亜層から得られているときはなおさらである。
ある岩層に、近縁の種の前群が突然に出現している。ある生物が何か新しい生活の道に、例えば空中を飛行することに適応させるには、長い時代を必要とする。しかし、それに成功し、少数の種が大きな利点を得たら、短い時間でそれから変化した多数の種類が生じ、急速に広がっていくことができる。
種の全群が突然に出現したらしいことを示す例は、白亜紀の下部層の硬骨魚類の出現である。この群れには、現生種が多数含まれる。
陸地の3倍もの広さをもつ海洋には多数の島が存在しているのに、古生代や第二紀の岩層の名残を示す海洋島は存在していない。
我々は歴史について最後の巻だけを所有しており、しかもその巻は二つ三つの地域だけに関するものである。
10.生物の地質学上の遷移について
自然の段階において高い位置を占める生物は、高い位置を占める生物は、低く位置するものより急速に変化する。
自然選択説においては、古い種類の絶滅と新しい種類の産出とは、相互に結合している。もし一つの種から多数の新しい種類が発達してきたとすれば、その種に最も近縁なものが最も滅ぼされやすいだろう。新しい種は優勢な種が変質しつつ広域に拡布することによって作られてきた。古い種は姿を消していく。
隔たった地点で、白亜層の生物遺骸が、類似を示している。同一の種が発見されるということではない。生物の平行遷移が、第三紀堆積層でも同様である。世界中で生物の種類が同時に変化する現象の観察は、海に住む生物に関するものである。拡散は、離れた大陸に住む陸生動物では連続した海に住む海生生物よりも緩慢である。
新しい種類は古い種類より高等であるはずだ。新しい種は、他の先行の種に勝る利点を有することによって生じたものだからだ。ブリテン島の動植物をニュージーランドに放つなら、ブリテン島の生物の多数のものが帰化して、多くの原産の生物を滅ぼしてしまうだろう。
優勢な種類が拡布し、劣った種の場所を奪う。長い時が経過した後には、世界の生物は同時に変化したかのように見える。
11.地理的分布
私は必然的発達を信じていない。種の変異性は独立の性質であって、個体の生活のための利益となる限りに自然選択によって利用される。
アルプスやピレネーの諸地域と欧州の極北の諸地区とに同じ植物が見られる。寒冷が迫り、南方の地帯が極北の生物に適したものになった。温暖な地方の生物は、南方に向かって、旅を続けていく。あるものは赤道を超えさえした。寒冷な地域の生物は、世界を通じて世界を通じて一様である。温暖が回復するにつれて、極北の種類は北方に向けて退き、温暖な地域の生物が広がった。寒冷性の種が、遠く離れた山々の頂上と極地に孤立して残された。
12.地理的分布(続)
ブラジルの淡水性の昆虫、貝類などは英国と似ている。しかし、陸生生物は英国のものに似ていない。魚類に関しては遠く離れた大陸の淡水に同一の種が出現していることはない。
鳥は、種子の輸送の有効な手段である。鴨の足に孵化したばかりの貝類が付着しているのが見られる。多数の淡水性の種は、広大な分布範囲を持っている。
大洋島に生息する種の数は大陸に比べて僅かである。生物の種は少ないけれど、固有種は多い。ガラパゴス諸島では爬虫類が、ニュージーランドでは翼のない鳥類が、哺乳類の場所を占めている。海洋の島々に、両生類(蛙やイモリ)が見られない。これらの動物もその卵も、海水にあえばたちまち死んでしまう。大陸から300マイル以上隔たった島に、陸生哺乳類は見つかっていない。
木本は、遠い大洋島に到達することはなさそうだ。草本植物が島に育成するようになると背丈を伸ばす。
二つの種類の血縁が深ければ、両者は時間的にも空間的にも近いところにある。
13.生物の相互類縁。形態学。発生学。痕跡器官。
生殖器官は動物の類縁を最も明らかに示す。植物でも同様で、栄養器官は主要な区分以外ではあまり意味を持たない。
両性が甚だしく異なっている。同一個体の幼生期も成体とは大きく違っている。
同一網の構成員は、体制のプランが類似する(体部と器官が相同である)。体部は同じ順序で結合されている。骨の組立た体部の結合関係は同じである。脊椎動物および関節動物は、前肢と後肢は相同である。キリンと象の首の骨の数は同じである。花において、花弁・雄蕊・雌蕊の相対位置関係と構造は、変態した葉が先端部分に配列してできているものである。頭骨は変態した脊骨でできている。カニの顎は変態した肢である。一方が他方からというのではなく、共通の要素から変態しているのである。
発生過程にある甲殻類や他の動物や花において、成熟すれば違ったものになってしまう器官が全く同様であるのを見ることができる。
同じ網に属する種の器官が、杯ではよく似ている。人の手、コウモリの翼、イルカのヒレにある同じ骨が、同似の条件に関係を持っている。
痕跡の退縮した器官は、普通に見られる。哺乳類の雄の痕跡的な乳房。成長したものでは頭部に歯を持たない鯨で、胎児には歯がある。多くの昆虫で羽が飛行できないほどに小さくなっている。雌雄異体の植物で、雄花が雌蕊の痕跡を持つことがある。
牛の乳房には、四つの発達した乳頭と二つの痕跡的な乳頭があるが、飼育されている乳牛では二つの乳頭の痕跡が発達して乳を出す。
二つの目的のための器官で、一方の目的のためには痕跡的になり、他方の目的に対しては有効であり続けることがある。一個の器官が本来の目的のためには痕跡になり、違った目的に使われるようになることもある。
14.要約と結論
生存可能であるよりも多くの個体が生まれる。どの個体が生存しどの個体が死ぬか、どの変種が個体数を増し、どのものが絶滅するか。両性に分かれた動物では、雄同士で雌を所有するための闘争が起きる。優勢な種はもっと大きくなり、いっそうの分岐を生じ、拡布していく。そして、数多くの絶滅が起きる。
生物にとり何らかの有用な変異が、生活の諸関係の下で、保存され、集積され、遺伝される。
一つの体部が変化すると他の体部も変化する。また、失われた形質への復帰が起こる。もしその体部が、共通のものなら、長く続いた自然選択によって、恒久的なものになっている。
類比は私をもう一歩先に、つまり動物と植物の全部が何か一つの原型に由来するという信念に導く。
現世の種の内で、遥かに遠い未来まで、子孫を残すのはごく少数であろう。
(付録)自然選択に向けられた種々の異論
我々は生物には前進的発達に向かう内在的傾向があることについては十分な証拠を持っていない。種は変化の能力を有するが、内的な力に頼る必要は全く無い。
体制が高度である基準は、体部が特殊化した程度ということである。変化する種にとって構造の変化は、ある特殊の条件の下でのみ有用なものとなる。
キリンはその高い背丈によって、木の高所にある枝から葉を食うのに適応している。キリンほど近くに忍び寄りにくい動物はいない。どの種でもその維持は、一つの利点によって決定されるのではなく、全ての利点の統合によって決定される。
哺乳類は有袋類に由来する。魚のタツノオトシゴの場合では、卵は袋の中で孵化し、子供はしばらくの間そこで育つ。乳腺と相同である皮膚線が改良され、有効になったと思われる。やがて乳腺を形成するようになった。乳腺の発達は、同時に子が乳腺を吸うことを覚えなければならない。カンガルーでは、母親が子の口に乳を注入する能力を持っており、子は母親の乳頭にすがりつくだけだ。