娘を誘って、上野(東京都)の科博の特別展「古代DNA」へ。

人体文様付有孔鍔付土器(縄文中期/山梨県鋳物師屋遺跡)。妊娠状態を表す土偶(縄文中期/山梨県鋳物師屋遺跡)出産文土器(縄文中期/山梨県津金御所前遺跡)。女房の出産に立ち会った私としては、出産風景が何故かリアルに見えてしまう。
紀元前6世紀には粟や稗を栽培した縄文以来の祭り道具。水田稲作を始めたばかりの遺跡から出土する「たすきがけ」の人形が出土する。
紀元前3世紀以降に日本海側の交易拠点として発達した港湾集落である鳥取県青谷上寺地遺跡。出土した人骨の内、母系の血縁の可能性のある個体は少ない。青谷の人々が多くの流入や離散を繰り返した可能性を示唆している。刀傷のついた骨が多かったことから、倭国大乱の犠牲者である可能性もある。

人骨(古墳中期/和歌山県磯間岩陰遺跡)。和歌山県磯間岩陰遺跡の人骨は縄文人の血を引き、漁業に携わっていた。神奈川県大浦山洞窟遺跡・神奈川県海外洞窟遺跡・宮城県五松山洞窟遺跡には類似するカツオ漁用の釣針などが出ている。漁業と海を通じた交流があったと考えられる。
1万年以上前、日本列島の縄文人が琉球列島を訪れ、その後の航海は断続的。縄文後期以降、琉球の人々はトカラ列島の黒曜石を求めて北上する。その後、貝の交易が盛んになる。南の島とヤマトの交易は7世紀には疎遠になるが、10世紀には南の島の物産の交易が再開する。
アイヌは12世紀には成立した。縄文人の遺伝子を70%近く持っている。
科博の中のレストランで食事。

















