● 事実に基づく意思決定

◇事実に基く判断を妨げる知識

事実に基づく意思決定ほど難しいものはありません。何故なら、人間の意識は元々、事実に基づく意思決定ができるように作られてはいないからです。そして、事実に基づいて判断し決定ができないのは能力が無いからではありません。

決断するのは、その殆どが無自覚な知恵の過程なのに、意識で、しかも知識なんぞを用いて決断するなどと云う、空前絶後な見当違いをしている限り、マトモな意思決定ができる筈がありません。かつての日本人は、『ロジカルシンキング』などという出鱈目な道具を使わず、自らの『勘』を信じて決断をしました。だから、妥当な意思決定が可能だったのです。

事実に基づく判断を妨げる知識はどれどれで、害があるとは思われない知識は何かを挙げてみましょう。

=無害な知識=

・何をし、何をしないかを表明することで事業領域が明らかになる
 → 日本企業がなかなか事業から撤退できないのは、リーダーシップ不足が要因です

・ある時点までに“こうなっていたい”具体的なイメージが事業展望である
 → 具体的な、こうなりたい像は全ての従業員が共有できる

・バリュー・チェーン
 → 但し、付加価値を事実と正当な管理会計原則に基づいて計測したもののみ

・ブランド・ロイヤリティ
 → 一定期間の最大継続購買回数で定義される

・複式簿記
 → 銭勘定の表現ではなく、経済活動の事実を表現するもの
  損益計算書は、近代経済学の原点に立ち戻って再考する必要がある

・BPR
 → 投入産出の演算順序による結果の異同により業務効率を評価し、業務過程を設計する
  所謂、リストラ(人員削減)とは無関係
  *SCMも加工と物流の経路による効率を評価/設計する技術

=有害な知識=

・成功要因(KSF)は、環境分析の結果を踏まえて、事業を成功させるための要件を探り、それを実現するために何をすべきかを検討することで抽出される
 → 因果関係は実在せず、妄想に陥る

・コア・コンピタンスとは、顧客に対して独自の価値を提供する、企業の中核的な力と定義される
 → 定義不能な概念遊びに過ぎない

・価格弾力性
 → 価格変化による購買量の感度は実測できる(事実を推定で置換るのは異常者のみ)

・利益
 → 実在しません
 「利益なんぞはカラスの勝手、事実無根の嘘っ八」( 世界最高の会計学の権威、AAA(アメリカ会計学会)のホームページの公式見解“Profit is a opinion.It is not the fact.”の訳)

・プロダクト事業・ライフサイクル
・プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)
・競争優位性
・ベスト・プラクティス
・SWOT分析
・学習する組織
 → 実在しない/妄想しか扱えない
  これらは認識の問題=純粋に心理学的な問題、つまり事実無根です

市場機会とは、事実の中に有るのではなく、その事実をどう捉えるかによって『創り出される』『認識される』もの(意思決定項目)です。実在概念ではありません。市場(顧客)セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニング、組織の最適構造、なども同様で、これらは意思決定項目そのものです。

例えば、組織構造の決定要因は、1) 分業と協業(業務間の受け渡し方法の設計)、2) 指揮命令系統(情報の流れ)、3) 管理範囲(一人の管理者が統制できる構成員の人数:業務の複雑さや上司と部下の能力、情報収集の難易度などによって変わる)、4) 意思決定権限(集権化と分権化)、5) 分化と統合、が挙げられますが、これらは全て事実ではなく、認識のし方と在り方の意思によるものです。

有害な知識に列挙したような出鱈目な知識を、何故人間は信仰するのでしょう?理由は、簡単です。人間は『説明を求める』動物だからです。『理由は無い』という事実に耐えられないのです。ですから、人間には宗教が必要です。究極のビジネスは宗教である、というぐらい、それは儲かる商売でもあります。しかし、ビジネスの中にそれを持ちこんではなりません。

従業員の評価方法の設計でも、『客観的な体系』という出鱈目が、(出鱈目で現実妥当性が無いので)手を変え品を変え提案されます。事実は、従業員を個別に評価すると業績が悪化するのであり、それは何度も繰返し検証されています。人間が人間を適切に評価することなど不可能なのに何故?!会社の業績を悪化させたいのでしょうか?

人間は、それ程までして、自分に嘘をついてまで『聞いた風な事を聞きたい/訳を知って納得したい』のです。その為に会社を倒産の淵に追い込んでも平気です。恐ろしい事ですが、それが事実なのです。心すべき事ですね。

◇妄想は事実によっては否定できない

[誰もが知っている事実 − 事実を無視する妄想]の例をいくつか挙げてみましょう。

・M&Aは殆どが失敗に終わる
 → 私なら/今度こそ上手くやれる(と信じて失敗を繰り返す)

・他社の優れたやり方は、その環境と不可分で、再現することは困難(真似できない)
 → ベンチマーキングで優れたやり方を取り入れることができる
  外見しか見ないので、他社の優れたやり方を認識できると信じている

・成績がランキングされない方が、高い成果を上げることができる
 個人の報酬制度、特に株式のインセンティブは、業績を向上させず、犯罪を誘発する
 → 事実は無関係に、人間は金銭によって動機づけられる筈だ(と信ずる)

成果給が有効であるための条件は、作業が定型で、一人一人が独立して作業でき、チームワークの必要がなく、品質をモニターすることが容易で、手抜きをすることができず、完成された業務の仕組を持っている、従業員の目標が明確で一元的である、ことです。そうでなければ、報酬に差をつけるのは、職場の人間関係を壊し、信頼や連帯感も無くしてしまいます。

・競合会社に対抗することより、顧客満足を獲得する方が、業績を向上させる
 → 競合は眼に見えるが、(想像力が欠如しているので)お客様はそっちのけでも平気だ

・会社の業績は、会社の仕組が決める(社員が決める訳ではない)
 良く設計されたシステムに、訓練された人が居れば高い業績を長年維持し続けられます
 → 優秀な人材がいる会社は業績が良い

・レイオフしても、収益性が向上した証拠はない
 長期的な業績を回復することはできない
 労働者中心に行われることが多く、管理費率が向上する
 → 人件費(固定費)が減少するから、収益性が高まる筈だ

・最優先で緊急な課題なので、変革は早く進む
 重要で緊急な案件は後回しにすることはあり得ない
 (リーダーは、危機感と自信をもたらす必要がある)
 → 誰もが、変革は難しく、時間がかかると信じている
 (こうした間違った常識が、根本的な変革が行われない理由)

妄想は否定されません。事実に基づかない妄想は、事実では否定しようがないのです。事実無根ですから、手の着けようはありません。妄執から離れることを解脱と言いますが、それが難しいのは言うまでもありません。

そして、「自分が何をしているか認識するのは至難の技です」。自分が何をしているのか理解している人は殆ど居ません。

◇《事実に基づく意思決定の枠組》を組織に埋め込む

「事実に基づいた意思決定」は、自分の経験や知識がデータに置き換わり、「権威を傷つけられる」という恐怖心を抱かせます。人々は、それほど自分の能力に自信が無いのです。勿論、それは直接に表現されませんが、そのことを理解しなければ、意思決定の品質を改善できません。ですから、管理職の待遇を安堵することが必要です。

・許せ、しかし記録せよ

『メッセージを伝えに来た人を怒るな』有名な格言です。良いリーダーの下で良好な人間関係を持った病院では、リーダーも人間関係も良くない病院の10倍のミスを報告しているという事実は、事故の(報告)件数は、「失敗を認めてそこから学ぼうとしているのか、それとも、非難を恐れて隠そうとしているのか」を判断する指標です。事実に基づく経営が出来ているかを診断する簡単な方法は、「失敗した人はどうなるか」を質問することです。そして、報告者に何が報告されていないかを問い質し、何故それを報告しないか確認します。

失敗に対応する最も簡潔で有益なアドバイスは医薬の世界の『許せ、しかし記録せよ』という教訓です。失敗することについて話し、認めるようにするには、許さなければなりません。同じ失敗が二度と起きないようにするためには、記録しなければなりません。

・100年以上前から、それが普遍であることを確認する

消費者のニーズや事業のあり方は普遍です。ですから、新しい考え方=あり得ない考え方、を採用してはいけません。

ウォークマンは、何故ウォークマンと言うか知っていますか?ウォークマンは少なくとも5百年前から居たからです。ウォークマンは、技術的には何も新しい物ではありません。しかも、ウォークマンは、中世西欧の貴族の好きな音楽を行く先々で音楽を奏でさせた宮廷音楽師だったのです。歩いて音楽を奏でる人だからウォークマンです。ですから、ウォークマンは買った人ではなく、主人の好みの音楽を、主人がどこに行こうとその身近に(耳元で)響かせる者(物)です。

以上のように、新製品については、百年以上前の歴史を調べ、その基本的なニーズを充足した製品/サービスがあれば、その新製品には可能性があります。過去の歴史において存在しなかったニーズは、新しく生じることはあり得ません。人間に新しい欲望が生じる可能性は皆無ではありませんが、皆無に近いでしょう。

・危険を小さくする

危険(≒意思決定)を小さくすることができます。事実に基づく意思決定の為には、最初は少しの事実があればよく、後で残りを集めれば良いのです。

=危険を小さくする手法=
他社でどれくらい成功しているかの証拠を集める
それをテストする方法を考える
徐々に一つづつ確認しながら導入する手順を探す
止めることができるかを確認する
 − 失敗はどうやって分かるか、止めるタイミングはあるか、それは何時か
 − 何時、誰が、どういう規準で、止めると判断するのかを決める
実験やパイロットプランを計画する
導入を段階的に行う方法を設計する

変革の過程は、人々がその経験から学んでいく過程で修正されたり、捨てられたていくことを決断するものです。「やる気のある試行錯誤は、優秀な計画に勝る」のです。試(ため)し学ぶ過程の設計こそが、意思決定かも知れません。

失敗だと分かった時に、止めるオプションがあれば危険も減ります。しかし、止めることは容易ではありません。一端始めてしまうと、それ自体が生命力を持つからです。一度決めたことは最後までやろうとする(コミットメント)があります。


● 終わりに − MPSの具体設計の前に

知恵の継承というテーマで始まったプロジェクトですが、事実に基づく意思決定をその中に含み、近座伝承(ウパニシャッド)を仕組化した大きな枠組みのMPSというプログラム/システムになりました。

MPS(meta-problem-solving)は、KJ法(野外科学)の枠組みで、ベイズ統計などを応用した学習的-統合的な『判定計算』と、この解析結果に基づき、事実に基づく経営を半自動化する『決断計算』と、現場の技芸の伝承を仕組化した『知恵手習』、の3つがMPSの主要モジュールです。

日本の経営にとって効果が大きそうな『決定計算(判定計算 − 決断計算)』を優先的に設計-構築することにします。