「時間は逆戻りするのか」 高水昌彦 2020年 ブルーバックス
FBフレンドからの紹介で、すぐに入手して読みました。時間の物理を学んでいる生禿にとっては必読の書です。素人にも解りやすくを心掛けた説明は凄い!物足りなさを感じるぐらいなのに、本質の部分では目から鱗の視点に驚かされました。しかも、サブタイトル「宇宙から量子まで、可能性の全て」どおり、内容は幅広く、時間について論点を俯瞰することができました。本当に有難うございました。 以下はこの本の引用と要約です。*は生禿の感想です。
《1. 時間に目覚めた人類》
「時間とは、運動の前後における数である」(アリストテレス「自然学」)。運動の変化の尺度として時間を捉えています。時間には実体はなく、物体の運動によって存在が認められる、運動のパラメターと理解しました。完全に静止している物体はありません。
《2. 時間のプロフィール》
人類は時間のことを何も解っていないのです。
全ての方程式は、時間的に発展することを暗に前提としています。ある量の時間微分は、ある時刻でどのように変化するかを予想したものです。
エントロピーは「乱雑さ/無秩序さ」を表します。時間の不可逆性が信じられているのは、エントロピー増大の法則があるからです。
生物は恒常性を維持します。生物は外からエネルギーを取り入れて生命を維持しているのです。
《3. 相対性理論と時間》
アインシュタインは「光速の不変」を証明される以前に「原理」にしてしまいました。光速を不変とすると、空間や時間を相対化しないと辻褄が合わなくなります。一般相対性理論では、重力は時空の歪から生まれるとしました。重力波が2015年に検出され、ブラックホールが2019年に撮像されました ← これらが、相対性理論の正しさを証明するものではありません。
アインシュタインという人は、偶然を嫌い、この世界の全てを司る法則を「神」として崇めていました。アインシュタインは、自然はこうある筈だという思想を理論化しました。
アインシュタインは、原因となる出来事が伝えるのは … 光なら伝えられる。光が進みうる範囲内でのみ、結果がもたらされ、因果律が成立する。あらゆる出来事は、光が進み得る範囲=「光円錐」(ライトコーン)を逃れることはできず、過去から未来へと一方向に進んでいる、と考えました。 ← *アインシュタインは、タイムマシーンなどの「時代の気分」と無縁ではなかったようです。
《4. 量子力学と時間》
粒子のことを量子とも呼びます。粒子の最小単位が素粒子です。粒子は波動の性格も「同時に」併せ持っています。壁をすり抜けて向こう側へ出ていく(回折)によるトンネル効果が現れます。
素粒子は広がりのある状態で存在していて、位置は不確定です。そもそも量子力学を言葉で表現するのは無理なのです。量子力学の本質は、「確率」です。「量子力学の解釈問題」はいまだに解決されていません。
揺れ動く状態は、量子コンピュータで有用になっています。量子の「状態の重ね合わせ」を利用して、複数の計算を並列に行います。0でもない1でもないので「φ」のような感じでしょうか。
ロベェッリは、時間も無限に分割できるわけではない。さらに、時間等実在しない、と考えています。
この世の中を作るためには、素粒子に加えて、力や時間や空間などといった器も必要になってきます。ですが、力も素粒子でできているのです。もしかしたら時間も?
《6. 宿敵 エントロピー》
「第二種永久機関」=カルノーサイクルは実現できません。放っておけば、熱は差がなくなるように移動します。クラウジウスは、熱が移る時に、より本質的な「何ものかが」移行していると仮定しました。ギリシャ語で「変換」を意味する「トロペー」に因んで「エントロピー」と命名しました。記号Sは、サディ・カルノーの頭文字です。
ボルツマンは、気体の分子の運動が熱の本質ではないかと気づきました(熱運動)。エントロピーを分子の運動に置き換えて表現できる。衝突すると、互の速度やりとりするので速度の差が小さくなる。分子全体の速度が均一になる。エントロピーを分子の運動を表す方程式で書けると考えました[S=klogW W:状態数 k:ボルツマン定数]。分子・原子の状態数は、小さい方から大きい方へ一方的に移ります。
速度の速い分子と遅い分子を分ける小窓の開閉 … マクスウェルは「マクスウェルの悪魔」という思考実験を考案しました。温度Tの環境下で1ビットの情報を消去するには、[kTlog2]以上の仕事が必要です。
同じ温度、同じ圧力のもとでは、全ての気体は同じ体積中に同数の分子を含みます。
レソビク博士は、時間の矢と反対方向に進行する状況を人工的に作り出したと報告しました。量子コンピュータに時間が逆戻りする現象を観察しました。ある瞬間から0と1が揃い始め、一定の秩序が生まれたのです。量子コンピュータでは、0と1とその重ね合わせφの三つの状態を表現します(キュービット)。量子力学の世界では、失われた秩序も巻き戻せることが示されました。
《6. 時間は本当に一次元か》
時間を考える手がかりは、方向と次元数と大きさ。時間が一次元でなかったら、時間の逆戻りが実現します。
中国の古書に「往古来今ののことを「宙」という、四方上下のことを「宇」という」とあります。宙は時間、宇は空間です。アインシュタインの時空多様体は、宇宙となります。
宇宙の形式は、平坦か球体か鞍形か。平坦は、3次元の空間が平らなまま続きます。現在の観測結果では、宇宙は平坦です。空間の「曲率」は、平坦なら零、球体は正、鞍形は負です。表面に三角形を書いたとき、その内角の和が、それぞれ=180°、>180°、<180°となります。
[R=]で始まるアインシュタイン方程式を導く作用(アクション)は一行。「この点を変分せよ」です。式の左辺“R”は曲率(リッチスカラー)の頭文字。右辺は、その時空に存在する物質やエネルギーの大きさ(≒重力)です。この曲率の計算結果は「平坦」です。
陽子の寿命は宇宙の年齢より長いと言われています。時間の次元が増えると、崩壊する確率が大きくなると考えられています。
《7. 量子重力理論と時間》
四つの力を媒介するのは素粒子です。電磁気力は光子です。原子核や中性子は崩壊する性質を持つものがあります。その原因となるのが、弱い核力です。
重力は質量を持っているすべての物体に働きます。「重力子」が存在するのかは判っていません。重力は「とんでもなく」小いのです。他の三つの力には、引力と斥力があり、相殺されます。「宇宙」は、重力が支配しています。重力が引力しかない。それは「時間の矢」と関係しているのかも知れません。
超弦理論は、素粒子を大きさを持つ弦と考えます。弦の振動で、どんな素粒子になるかが表現されます。フェルミ粒子とボーズ粒子には対称性があると考えます(超対称性)。物質を作るフェルミ粒子や力を伝えるボーズ粒子は開いた弦、重力を伝える重力子は閉じた弦と考えます。今や、ブレーンが基本の粒子と考えられています。
ループ量子重力理論は、イタリアのヴェッリが提唱したものです。時空多様体を離散的なものとします。ノード(点)とエッジ(線)からなる網目で時空を表します。この網は、素粒子の回転(スピン)の方向で決定され、スピンネットワークとも呼ばれます。スピンネットワークには、重力を表す「輪っか(ループ)」があります。空間と時間の最小単位は、プランクスケールです。
【ループ量子重力理論】
超弦理論のように高次元の時空を考えることに、数学的な枠組みを作るという以上の利点はありません。時空の本質を真剣に考えているとは思えません ← 生禿も全く同感です!
ループ量子重力理論では、時間の存在そのものが否定されます。重力場を量子化します。物理学では場は物質としての実体を持っていると考えます。物質は素粒子からできているので、重力場も素粒子でできていることになります。重力場とは重力を伝える時空ですから、時間も空間も素粒子でできている訳です。
時間は特別な何かではありません。時間は方向づけられていない。現在も無ければ過去も未来も無い。あるのは、観測された時に決まる事象どうしの関係だけです。時間とは、関係性のネットワークのことです。
時間の発展の無い物理は、1960年にホイーラーとドウィットが構築しました。ロヴェッリの理論は、この方程式を現代物理学で拡張したものです。個々の量子の関係性をスピンの回転方向で区別して記述することで、時間は方程式の中に「溶け込んだ」のです。
量子世界では乗算の順序には可換性がありません(非可換)。ロヴェッリはこれを「時間の芽」と表現しています ← 生禿も全く同じ発想です。行列演算は順序によって結果が変わります。事象の生起する順序によって結果は変わる。これが時間「感覚」となります。
時間の一方向性は、量子の非可換性から生まれると考えます。そして、ロヴェッリは、時間の存在を否定します ← やっと「時間とは何か」に迫った議論を物理学に見つけました。
《8. サイクリック宇宙》
「時間に始まりがある」としたら … ぞれ以前は時間すらなかったとすれば、宇宙はどのように始まったのか?それも解らないとしたら、神に委ねるしかありません?科学者は、自然という法則に潜んでいる、超越的な存在を信じている人種という気がします。
スタインハートとトゥロックの超弦理論を基盤とするサイクリック宇宙論は、宇宙から始まりと終わりを消しました。
《9. 始まりなき時間を求めて》
キリスト教に強く反発していたアインシュタインは、宇宙に始まりがあるという考えを断固として否定しました。
ダークエネルギーは、時空に及ぼすものなので、重力と同じです。ダークエネルギーは斥力。つまり、反重力である可能性があります。
「真空」は、粒子と反粒子が消滅-生成を繰り返し、エネルギーが蓄えられています。
物質やエネルギーの圧力pを密度ρで割った比w。通常の物質であるバリオンはw=0。ダークマターも0。光は1/3。ダークエネルギーはー1。アインシュタインの宇宙項を状態方程式に入れたときの解です。
ホーキング博士は特異点を排除したシナリオ、虚数の時間が流れる「虚時間宇宙」を考えました。無境界宇宙とも呼ばれます。重力波が発見された時、支持されたインフレーションモデルは、無境界宇宙モデルだったのです。
ALSは発病から10年以内に亡くなる確率が高いのですが、ホーキングは76歳まで生きました。
《10. 生命の時間 人間の時間》
便や汗は、散逸した正のエントロピーを持っています。体内に溜め込むとエントロピーが増えてしまうので、生物はこれを排出します。
人間の認識は記憶と連動しています。時間とは。事象と事象を脳が一連の流れで解釈しようとする錯覚=認識から生まれます。脳のある部分が欠損したために、現象を連続する流れとして捉えられない症状があります。時間の連続性は脳に依存しています。
《11. 誰が宇宙を見たのか》
ファインマン図では、時間を負の方向に進む粒子が現れます。
宇宙の果ては、光が届かないだけでその外側には無限の空間が広がっていると考えられます。宇宙背景放射の観測では、宇宙収縮の証拠は出てきません。宇宙が膨張し続け、破局に向かってもブラックホールは永遠に残ります。
対生成を繰り返し、負のエネルギーを持つ方が、事象の地平線に残ると、ブラックホールは不安定になり、遂には蒸発します。ブラックホールが生み出されるとエントロピーが生み出されます。蒸発すると、エントロピーは持ち去られます。
「もし宇宙に愛する人がいなければ、それは大した宇宙ではない」ホーキング。