「セクシィ川柳」 東正秀(文)・田中圭一(絵) 2011年 メディアファクトリー新書

 遊女屋の息子として育った著者が、江戸の破礼句を語る。ちょっと格調高いのが、良いような悪いような … 。楽しませて貰いました。以下は、この本の引用です。


 江戸中期。江戸市街地に住む15歳以上の人口は54万人。女性は14万5千人。僅か27%でした。

洗い髪 脇の下から人を呼び
 肌脱ぎの女が立膝で髪を洗っています。まさに浮世絵の一枚です。

立膝の女いびつに口を開き
 「口」は女性器。パンティを履いていないからこそです。

夜ふけて内儀随分ころし泣き
 内儀は他人の奥さん。武家や商家の若奥様。「泣き」はよがり声。声が筒抜けの日本家屋では、真夜中に使用人をはばかって声を押し殺す奥様。

 当時の離婚率は約50%。夫からの離縁状がなければ妻は離婚できませんでした。 江戸末期の都市部で、30歳時点で女性が結婚している率は50%でした。

門口で医者と親子が待っている
 人差し指と中指で女性器を愛撫し、薬指・親指・小指は外に出ています。

毛が少し見えたで雲を踏み外し
 久米の仙人の伝説を、ふくらはぎばかりでなく、陰毛まで発展させました。

練れたのをさせろと言えばくたびれた
 「よく歩くと女は名器になる」は俗説。「練れる」は歩いて女陰が高温多湿になった状態。風呂上りとともに、たまらない挿入感と信じられていました。

 江戸の敷地の6割が武家屋敷、2割が町家、2割が寺社。

事ありと見えてお湯殿静かなり
 「事あり」は性交が始まったこと。湯を流す音の代わりに声を殺した腰元の喘ぎが … 。

若後家に随喜の涙こぼさせる
 「随喜」は仏教語で至上の喜びを意味する言葉。それを、男根に巻くハスイモの茎で作った性具「肥後ずいき」とかけています。

好きな下女 家内残らず相手なり
 説明を要しない有名な句ですね。

あわび取り なまこのくくるこころよさ
 「あわび」は女陰。「なまこ」は男根。川柳ではしばしば濁音を省略します。「くくる」は「くぐる」。つまり、挿入の気持ち良さです。

芳町は和尚をおぶい後家を抱き
 芝居小屋に近い芳町は陰間茶屋の本場。男だけでなく、後家や奥女中の相手もするようになりました。 陰間は、歌舞伎の女形を目指している者(美少年)が多く、まだ舞台に立てない「陰の間」の役者という意味。

 最初にできた吉原は江戸城に近くにありました。明暦の大火で消失すると、吉原は浅草へ移されます。

帆柱の立ったを寝かす船比丘尼
 尼さんの格好をした娼婦が「比丘尼」。熊野神社のお札を売り歩いていた尼僧が春を売ったのが始まりとされています。「帆柱」は男根。船でする比丘尼が「船比丘尼」。