「呼吸の極意」 永田晟 2012年 ブルーバックス
座禅を含む呼吸法を、健康法として捉えた著作。呼吸法は、東洋医学が得意とする所。小さい時から座禅に親しんだ生禿も注目しています。 以下はこの本の引用と要約です。
《はじめに》
呼吸運動を意識的に捉え、心身のコントロールに用いようというのが本書のテーマです。昔から気功・ヨーガ・座禅・瞑想などがありました。
《1. 呼吸の仕組み》
喉頭蓋は、口腔や鼻腔の働きによって反射的に開閉が行われます。高齢になると「むせる」などの状態が現れやすくなります。
気管と気管支は、息を吐くときは狭くなり、息を吸うときは拡大します。そのため、息を吐く時には長い時間が必要になります。ガス交換は胸腔と腹腔による圧力運動による圧力運動によって行われます。
肋骨とそれに付随する筋群を総称して胸郭と呼びます。この胸郭をふさぐ膜が横隔膜です。息を吸うときは膜が下に伸び、吐くときは膜が縮んで容量を小さくします。吸気運動では肋骨筋が働きます。胸郭を上げて胸腔が拡大します。息を吸うための吸気筋は、吐くための呼気筋の3倍の収縮力を示します。胸式呼吸は息を吸うには都合がよく、深呼吸はその代表です。
胸式呼吸では呼息は反射的に起こります。自然呼吸は胸式呼吸を主体としています。特に、女性の呼吸はふだんから胸式中心になっています。腹式呼吸は、呼息を強くする時に用いられます。腹式呼吸は意識的に行われます。
換気量は有酸素運動などのトレーニングによって増やすことができます。運動効率をよくし、自律神経のバランスを調整しする効果があります。
肺胞のガス交換は、酸素と炭酸ガスの分圧差によって自動的に行われます。血液中のガスの分圧は、血液中に溶けているガスの濃度です。肺胞に戻った血液は酸素の量が減っています。肺胞内にある空気の方が酸素の分圧が高いために、その分圧差によって肺胞内の酸素が血液中に取り込まれるのです。炭酸ガスは、血液の炭酸ガスの分圧が高いために、肺胞内に炭酸ガスが排出されます。血液中に含まれる酸素の容量割合は、動脈血で19%、静脈血で14%です。
肺胞内の酸素と炭酸ガスの濃度を一定に保つ働きは、橋と延髄の中枢神経によって反射的に行われています。安静状態の自然呼吸の時は吸息中枢が中心で、深い呼吸になると呼息中枢が主体となりいます。
自然呼吸は鼻呼吸です。口呼吸は空気の入出量が多くなります。鼻の空気の通りが悪くなると、いびきが発生します。肥満の人は、気道が狭くなっているのでいびきをかきやすくなります。
呼吸の深さと回数は、血液中の炭酸ガス分圧によって影響されます。頸動脈前には炭酸ガスを感知する化学受容器があり、血液中の炭酸ガスによってこの化学受容器が刺激されると、反射的に呼吸が促進されます。皮膚の温度が高くなっても、呼吸運動は促進されます。冷水に入ると呼吸はゆっくりとなります。
飲食物を飲み込む時は呼吸が止まります。咽頭と喉頭の間が、舌咽神経によって反射的に塞がります。
呼吸は気持ちや意識によって変化します。声を出す時には、換気量が増加します。筋肉を動かそうとする時は、呼息の後に息を止めています。相手の動作を窺う時も、息をこらして止息するか静かに呼息しています。息を吸うことは相手に悟られる動作です。剣道では打ち込む時には息を吸ってはいけないと教えます。
《2. 呼吸で自律神経系を整える》
自律神経と呼吸の間には強い関係があります。そのため、呼吸を整えることで、自律神経を整えることができます。
体性神経は、運動神経と感覚神経。生体の内部環境の恒常性(ホメオスタシス)に維持を支配しているのが自律神経。交感神経と副交感神経。自律神経の中枢は、間脳の視床下部にあります。交感神経は脊髄の胸部から腰部にかけての神経文節から枝分かれし、副交感神経は脳幹の中脳・橋・延髄・延髄仙部に神経文節があります。自律神経系は、中枢神経から出て神経文節を介して伝達します。
交感神経は心臓を興奮させ、心臓以外の内蔵を抑制します。交感神経が促進されると、消化.吸収・排泄などの機能は抑制されます。ストレス性の胃炎や便秘の原因になります。
副交感神経は、心臓以外の内蔵の働きを促進します。心臓や呼吸器官を支配する副交感神経を迷走神経と呼びます。迷走神経は、消化・吸収を活発にします。脊髄の仙髄からでている副交感神経は、勃起神経や下腹部分の神経を支配しています。自律訓練法は、ストレス緩和や心身症の治療に用いられています。
血管系・気道系・胃腸管系・泌尿生殖系では、平滑筋(内蔵筋)が働いています。腸などで短時間に収縮する一方、長時間の収縮を持続します。平滑筋のエネルギー効率は、骨格筋の300倍以上です。
吸息が盛んになると、交感神経が興奮します。呼息が盛んになると、副交感神経が興奮し、交感神経が抑制されます。一呼吸置いたり、深く息を出すことで、副股間神経を活発にできます。10秒以上かけて息を吐くことが必要です。
自律神経系では、節前神経線維と節後神経線維に間の神経文節、そして内臓などの器官の間で、化学的な情報伝達が行われています。吸息時にはカテコールアミン、呼息時にはアセチルコリンの分泌が促されます。
横隔膜は筋肉が変容した硬膜です。横隔膜を司る神経は運動神経ではなく、随意に収縮させることはできません。内肋間筋を収縮させると、てこの原理で上がります。外肋間筋を収縮させると下がります。安静時の呼息の3/4は横隔膜の上昇によるものです。横隔膜を神経支配している横隔神経は感覚機能のみで、横隔膜を動かす機能はありません。
ストレスによって心臓の動きに影響が現れます。拍動リズムを見ることで、自律神経系の状態を知ることができます。基準となるのは、心拍間隔の変動係数です。値が大きいほど副交感神経が活発に動いていることを示します。ノンストレス状態を示す指標となります。息を長く吐くことで、変動係数は上昇し、副交感神経が優位となります。呼吸数を24回以下に抑えた時に、心臓の興奮が抑えられます。
加齢とともに変動係数は低下します。赤血球の数も減ります。薦められるのは、お喋りをしたり歌を歌ったりして息を吐くこと(腹式呼吸)です。高齢になるほど腹式呼吸が難しくなり自律神経のバランスが悪くなります。
《3. 呼吸で体はここまで変わる》
酸素や炭酸ガスは分圧の高い方から低い方へ移動します。内呼吸も、動脈血と組織内のガス分圧差によって行われます。酸素分圧の差だけでなく、炭酸ガス分圧が上昇によって、酸素が組織に供給される量は多くなります。酸素と結合している酸化ヘモグロビンよりも、還元ヘモグロビンの方が炭酸ガスと結合しやすくなります。血液中の炭酸ガスの1/4は赤血球に、3/4が血漿中に含まれています。血液中の炭酸ガス(重炭酸塩)は血液をアルカリ性に保つ役割をしています。
炭酸ガスと酸素の吸入と排出の割合<呼吸商>は、燃焼される物質(栄養素)によって異なり、エネルギーの燃焼効率を示しています。ブドウ糖の呼吸商は1です。
吸息中心の呼吸で酸素を十分に取り入れると交感神経が活発となり、脂肪の加水分解が進み、脂肪燃焼に繋がります。脂肪燃焼の呼吸商は0.7です。蛋白質の呼吸商は0.8。蛋白質が燃焼すると窒素を尿の中に排出します。
エネルギー産生(カロリー消費)を推定する運動強度の単位<メッツ>。安静時が1メッツ。睡眠時は0.5。事務は1.5メッツです。
エネルギー消費から疲労をみると、ATP不足です。酸素の供給が追いつかなくなると、ビルビン酸の利用によるATPが用いられ、乳酸を産生し、筋疲労を招きます。乳酸はエネルギー産生の為に有用なものですが、、乳酸が溜まると筋収縮が起こらなくなります。
血圧は、血管の状態と心臓の心拍出量(動脈血液量)と呼吸のし方も影響します。息を吸う時は血圧は高くなり、吐く時は低くなります。呼吸のし方によって血管の循環抵抗(血液の通り易さ)や自律神経の変化がみられるからです。循環抵抗は血管の縮小や拡大。副交感神経が活発になれば血圧は下がります。10秒以上の呼息には、静脈血管の拡大を促す作用があります。さらに炭酸ガスが多いと、血管を拡張します。
人が立っている時、心臓より下の血管は伸びた状態になります。特に静脈は伸びやすく、下肢の静脈に血液が溜まる静脈貯留が起こります。静脈血の還流が妨げられ、血圧が低くなって失神することもあります。
血液中の炭酸ガスの量が変わると、血圧や脈拍数は瞬時に変化します。化学受容器は、血液中に含まれる水素イオン濃度・酸素・炭酸ガス・グルコース・水分の変化を捉えます。頸動脈洞に存在する受容器は、炭酸ガスの量を感知し、あくびをしたりします。血液の逆流を防いでいる四肢の静脈血管の静脈洞には炭酸ガスセンサーが分布しています。血管を拡張させる働きをします。
酸素摂取量を左右するのは心臓の分時拍出量、特に左心室の発達度合いによります。
活性酸素は、接触した分子から電子を奪い、不安定化させます。運動強度が4〜5メッツ以下の運動では過呼吸は見られません。準備運動を行うことで、抗酸化能力が高まります。
《4. 科学の目で見た呼吸法》
東洋の伝統的な健身術、気功やヨーガは、調心・調身・調息を基本的な方法とします。それらは、呼吸法によって得られるとされます。ゆっくりとした動作や、腹部まで深く静かに長く吐く呼吸法が共通しています。身体的に負担をかけずに、活発な呼吸代謝を行えます。呼吸数は減少し、血圧は低下し、ゆったりした気持ちの時に現れるα波が増えます。副交感神経が活発になると、内臓諸器官が活性化します。
丹田とは身体の重心で、臍舌センチの部位。ここの意識を集中して腹式呼吸を行います。充分に息を吐くことで、換気量を増やせます。まどろんでいる時や瞑想時に現れるθ波も出るようになります。
ヨーガは「馬に馬具をつける」を意味します。心の動きを制御するのが目的だからです。断食は脂質代謝を促進します。空腹時には交感神経が促進されます。断食には腸内の有害物質を排出する効果もあります。
座禅による健康法は、心は心を以て制することはできない。息を以って心身を養う、を極意とします。
喉仏は声帯に結びついています。高齢になれば声帯の委縮が起こり、声が低くなります。空気の流れを調節するには、肋間筋を巧みに動かすことが必要です。大きな声を出すのはストレス発散になります。歌うことは呼息を強調します。脳内にセロトニンが分泌されます。息を吐きながら声(低音)を出します。