「ペルソナ 脳に潜む闇」 中野信子 2020年 講談社現代新書

 変わった人だな〜、TVに出てきても変なコメントしか言わないな〜と思っていた著者。でも、ちょっと気になってこの自叙伝風随筆を読んでみた。自らの内面の闇?(← 内面と言っても、知識として理解していることばかりで、心の深層とは程遠い)を描いて、フツ〜の東大出身病者だったんだと知ってガッカリもしました。面白かったのは東大出身者らしい知識の豊富さです。

 この本で読んでよかったこと。それは、ネアンデルタール人の言語遺伝子について最新の知見を確認する切っ掛けを与えてくれたことです。なんだやっぱりネアンデルタールも言語遺伝子を持っていたんじゃないか!ホモサピエンスに強姦されて混血の子孫が生まれ、言語遺伝子の発現に問題が生じやすくなっただけだったと妄想されます ← まだまだハッキリしたことは解明されていませんが。

 以下はこの本で面白かった部分の引用と要約です。*印はネット検索の結果と、私の感想です。


《はじめに》

 何がしたいのかわからない、というのは、生きている価値が無いの省略形。団塊ジュニアは、多数の中に埋没することを運命づけられた世代。私は無駄を肯定したい。

 脳は一貫していることの方がおかしいのだ。私たちは、複数の側面を内包しながら、これらを使い分けて生きている。私はペルソナを演じて生きている。私は存在しない。それは悲しいことではない。

《1.サイコマジック 2020》

 リンゴは地面に向かって落下するのに、なぜ月はなぜ落ちてこないのか。月は地球に向かって落下し続けている。その軌道と地球が交わらない速度(第一宇宙速度以上、第二宇宙速度以下)で動いているだけだ。

 サイコマジックは人々に行動やスキンシップを与えることで、怒りやトラウマからの解放や安寧をもたらす。

*サイコマジックとは
 チリ出身の映画監督・作家・画家であるアレハンドロ・ホドロフスキーによって考案された、心理療法の一種です。
 サイコマジックは、言葉や理論ではなく、行動を通して無意識のトラウマや抑圧を解放し、心の癒しと成長を促す療法です。具体的には、相談者の夢やイメージ、タロットなどから、その人の無意識に潜む問題を探り出し、その問題を解決するための行動をクライアントに提案します。
 サイコマジックは、従来の心理療法ではなかなか解決できなかった問題を解決する可能性を秘めた療法として、注目を集めています。

 海の季節は、地上から2ヶ月遅れる。水の比熱が大きいために、海の温度変化には陸よりも時間がかかる。海の塩分濃度は少しづつ高くなっている。グランブルーというのは、海に潜降していったときに、ある深度で周囲全てが青に包まれる領域のこと。「グラン・ブルー」はジャック・マイヨールをモデルにした映画のタイトルでもある。

*ジャック・マイヨールは、私の中学生の頃のヒーローでもありました。私はダイビングに適性が無く、グラン・ブルーを経験できないのが残念です。

 毒親とは、親子の関係性を子供の側からどう捉えるかの問題なのであって、第三者が入り込むことは難しい。

 周りから受容されて育った子は、自分が困ったら相手にこう伝えれば伝わるのだと相手に信頼を置いて行うコミュニケーションスキルを学習する。

 鉄門(東大医学部医学科)には女性の教授がいなかった。セクハラなんて腐るほどあった。先生から抱きつかれて邪険にすると、奨学金を受けるのに不利になるのはありふれたことだった。教授陣に性を売りながら論文を書くのが女性研究者。男性原理の中で格闘しているのが馬鹿らしくなった。

《2.脳と人間について思うこと 2010〜2019》

 多くの人の人間関係の問題の根底には、「言いたいことをうまく伝えられない」ことがある。言語スキルを高めることで、人間関係の諸問題をいい方向にもっていくことが可能だ。言語運用能力のスキルが足りないだけだ。テレビで活躍しているタレントの言葉は巧みで、すぐ使えそうなものも多い。社会不適合者であった私は、テレビで活躍する多くの人達から学ばせてもらった。

 私は、ポジティブ心理学が嫌いだ。人間が自然なネガティブさを持っているのを許さないのは胡散臭い。

 「ペプシチャレンジ」実験は、味と銘柄の好みが一致しないことを示した。2004年にリード・モンターギュ―が追試を行った。ブランド名がわかっている状態で、被検者が好きなコカ・コーラを飲むと記憶・情動の回路が活性化する。ペプシではこのような反応は見られなかった。情動に訴えかけて判断を変化させることを、エモーショナル・ブランディングと呼ぶ。

 腹内側前頭前皮質(vmPFC)を損傷している患者では、銘柄を明かした場合と明かさなかった場合の好みは変わらなかった。銘柄や権威の認知によって選好が変わることは脳の働きの一つである。「ブレない人」は前頭前皮質が働いていないだけかもしれない。銘柄を認知して活性化する腹内側前頭前皮質は、俗称「社会脳」に一部。この機能が働いているとき、自分の好みにすら蓋をしてブレる。「ブレない人」は、空気が読めない人と見做される。美人の判定尺度は文化に依存する。景色や味覚など変化の少ないvmPFCが働く基準とは異なる機構が働く。

*ナイキは独自の「エモーショナル・タイズ」形成手法で、この効果を目指しています。

 2014年のスティーブン・クォーツの実験。価値判断に関わる内側前頭前皮質は、自意識とも関連している。内側前頭前皮質は、「カッコいい」の基準を司り、私たちの利己的な行動を抑制する機能も持っている。私たちを倫理規範に従う行動に導いている。

 社会規範に応答が鈍い一群が存在する。価値基準に意を介さずに堂々と振舞う。一定数の人から「カッコイイ」と支持されることもある。こうした人物を支持するのは、自意識にネガティブ・フィードバックがかかりやすい若年層に多く見られる。若い頃はサイコパシーの高い人間を性的パートナーに好むけれど、年齢を経ると信頼のおける相手を選考するようになる。東アジアの文化圏は、内側前頭前皮質の機能が高い人の割合が高く、倫理基準の更新頻度が高い風土である。空気に流され、権威に屈し、長いものには巻かれる文化ができあがる。

 阿部修士の嘘つき傾向の研究。側坐核(快楽中枢)の活動が高い人ほど、嘘をつく割合が高い。側坐核は食事やセックスなど多くの行為に関連し、依存症の病態にも関与している。美しい虚構で人を楽しませることができる。側坐核の活動が高くても嘘をつかない場合は、背外側前頭前皮質(理性判断とそれによる行動の抑制)の活動が高くなった。

《3.さなぎの日々 2000〜2009》

 適応し過ぎた者も新しい環境では生き延びられない。選択と集中で環境に適応すると、柔軟性を失って滅びる。

 サナギの中身は、硬質な殻の中で、幼虫だったころの体はドロドロに溶け、細胞から組み替えられていく。一部の神経と呼吸器系以外の組織は、跡形も無くクリーム状になっている。サナギが振動で死んでしまうのはこのためだ。

 政府などによる規制の最小化と、自由競争を重んじるのが新自由主義。市場を万能視する視点に立つと、自助努力や自己責任が強調される。自己責任論を説く人々の殆どは、勝ち組である。心酔している側の殆どは、搾取される側にいる。幾度となく繰り返された人間の歴史である。今の日本では、弱者の声を代弁する論者がいない。

 グレッグ・バーンズの研究。自分の頭で考え決断したときは、前帯状皮質と背外側前頭前皮質が活性化している。専門家から助言を受けると、その助言が的確でないと解っているときでも、意思決定を司どる脳の活動が停止する。

 世界初の工学部は、東京帝国大学に創設された。手っ取り早く実務のできる人を量産する基盤として作られた。

 1990年代から、博士号取得者を増やそうと、大学院重点化施策が採られた。博士号取得者が増える一方で、その受け皿は用意されていなかった。ポスドク先で安く使われ、非常勤講師で食いつなぎなんとか生きていかなければならない。

*私や女房の周りにいるず〜っと非常勤講師をしている人たちの実情は悲しいものです。

 生きていくのに必要なのは、知性ではなくコミュニケーション能力なのだ。

 大学院重点化に伴い、任期制が導入され大学に余裕が無くなった。流行のテーマで論文を量産する職業研究者が生き残る。

 日本でよくみかける「笑ってごまかす」のは、世界には類を見ない。場の緊張を緩和させるには「笑い」は一定の効果がある。日本語にはNoという単語は事実上存在しない。Noと言いたいときには「黙る」。

 かつては、放射線物質をトレーサーとして使っていたので、脳科学の研究所は核医学と同じ敷地にあることが多い。

 私が大学院の時に所属していた教室は「音声言語医学」。言語研究は動物実験が不可能。脳に非侵襲な手法に限られる。

 90年代の初めの、KE家という遺伝性の言語障害を持つ家系についての研究。FOXP2蛋白質の遺伝子の変異により、発話に関する領域と大脳基底核に異常が起こる。ネアンデルタール人と現生人類は同じバージョンのFOXP2を持っている。

 博士課程に進むと、ほとんどの時間を研究室の中だけで過ごす。研究テーマも独自のものになって、他の人と話が合わなくなっていく。

 私は子供のころから片頭痛に悩まされている。 そんな相手がいないわけではなかったが、恋などという生易しモノではなく、どちらも疲弊した。

 役者絵は日光や蛍光灯の元で見るものではない。どぎついほどの色使いなのは、提灯の灯りでぼんやりと絵が照らされるからだ。

《4.終末思想の誘惑 1990〜1999》

 人間は、終末を思わせる言説が好きだ。

 ポジティブ心理学。自分に非があると自責を助長し、鬱になるのを助長する。前向きな姿勢を強要されることで、回復を妨げる。苦しいときは苦しくて当たり前だ。

 本当に溺れている人は溺れているようには見えない。溺れる人は静かに沈んでいく。息を吸うのがやっとの状態では、声を上げて助けを求めることは不可能だ。溺れている人は頭を水面に出すために腕を横に伸ばす。手を振って助けを求めることはできない。

 ネガティブなことを考え始めると、どうやって抜け出していいかわからなくなる。反芻する習慣がある人ほど、ストレスに弱い。

 鬱な被験者の方が、物事を慎重に検討し正解に辿り着く可能性が高いという実験結果がある。鬱でない被検者は、考えることを怠る傾向が強い。憂鬱な気分の被検者の方が、ステレオタイプの判断が少ないという報告もある。反芻ができることは、知性の反映であるのかもしれない。

 松果体は、視床の上部にあり、サーカディアンリズム(日周期)を司どる。「第三の目」という別名がある。

 女性が経済自立すると離婚率が高まる。地位が高く高収入の男性は結婚しやすい。既婚男性は収入の減少で、離婚の可能性が高まる。

 外見の良さは女性が事務職で働く場合には、有利の働くが、管理職として雇用される場合には不利になる。美しい女性はコミュニケーション能力が必要とされる職種では高く評価される。それ例外の職種では、むしろ低評価となる。

《5.砂時計 1975〜1989》

 子供の頃の話を思い出は、大人のなってから都合よく書き換えられたものかも知れない。克明な逸話は割り引いて聞かねばならない。

 特定の時間長だけに反応する神経細胞の一群(時間長選択性ニューロン)が、右縁上回にある。ウェルニッケ野の一部は左縁上回にある。また、道具の使用に関する領域と、時間を認知する領域が同じである。縁上回は頭頂葉と側頭葉の境目の後頭葉側の部分に存在し、角回とともに下頭頂小葉を構成している。角回の下部と縁上回の下部、そして上側頭回の後部は、あわせて側頭頭頂接合部として扱われる。この領域は自他の区別や心の理論と関わる役割を担っている。また、この領域は体外離脱体験や自己像幻視のような現象と関りを持つ。さらに、言語や認知などに関連する多数の処理に関わっている。自閉症は、角回の機能不全を伴う可能性がある。

 時間を知覚すること、言語の裏を読むこと、幽体離脱のような自分を遠くから見つめる感覚、高度な道具の使用に共通するのは何だろう。

 ノーマン・カズンズは、ある種の膠原病を笑いによって完治させたと報告し、大きな反響を呼んだ。