「数学の楽しみ」 テニオ・パパス 2007年 ちくま学芸文庫

 ブックオフで見かけました。有名な本なので、読んでみると … これが面白い。日本でこういう肩の凝らない、でも本格的な数学の娯楽本が出ないのは残念ですね。江戸時代の日本では、数学は知の「遊び」だったのに。以下に、数学の部分じゃなくて、「読み物」の部分で印象に残ったところを予約引用しました。

・ピタゴラスの定理
 ピタゴラスより1000年以上前、ハンムラビ時代のバビロニアでも三平方の定理は知られていた。三平方の定理が知られていたことを示す痕跡は、どの大陸にも、どの文化や世紀にも見られる。

・結縄文字(キープ)
 インカ帝国では、結び目を作った縄(キープ)で、10進法に基づく位取り法が使われていた。会計はキープ書記と呼ばれる人々に任されていた。

・メビウスの輪とクラインの壺
 メビウスの輪は、自動車のファンベルトなどの機械装置のベルトに使われている。摩耗が均一に進むからだ。

・自然の中の六角形
 正多角形の中で、隙間なくぴったり並べられるのは、正六角形と正方形と正三角形だけ。この3つの中で、同面積で周囲の長さが最も小さいのが六角形。蜂の巣が小室が六角形なのは、蠟の量が最も少なく、最大の広さの巣が作れるからである。六角形は、雪辺や様々な分子や結晶や海棲生物などに見られる。

・アルキメデスの死
 シラクサのアルキメデスは、第二次ポエニ戦争でローマ軍に包囲された時、投石器などを発明し、ローマ軍を3年の間食い止めた。

・黄金方形
 黄金方形は人間の目に最も快い方形の一つ。標準的なクレジットカードも、黄金比(φ)に近い比率になっている。

・数学と音楽
 グランドピアノの弦とパイプオルガンのパイプには、指数曲線が見てとれる。

・ゼロの起源
 エジプトの数体系にはゼロがなく、また必要ともされていなかった。紀元前1700年頃、バビロニアで位取り記数法が発展したが、ゼロを表す記号は考案されなかった。紀元前300年頃、バビロニアでゼロの記号を使うようになった。
 桁を埋める数字の一つとして、またゼロいう数値を意味するものとして、ゼロの記号を使ったのは、マヤとインドが最初である。

・迷路
 古くは城壁を防衛するために、迷宮が築かれた。紀元前1600年頃のクレタ島のミノス文明の迷宮などが知られている。

・光滲のよる錯視
 眼球内の液は完全に透明ではないので、光は目の奥の網膜に達するまでに散乱する。そのため、明るい光、明るい部分が、網膜上の暗い部分に滲み出てしまう。同じ大きさでも明るい部分の方が暗い部分よりも大きく見える(光滲)。

・ストーンヘンジ
 英国のソールズベリー平原のストーンヘンジ。建造が始まったのは紀元前2700年頃、完成したのは紀元前2000年頃である。複数の集団によって使われ、改良されきた。その機能には諸説ある。これを建造した人が、計測手段や幾何学知識を持っていたことは間違いない。

・次元
 二次元のホログラムで三次元の図形を描くとこができる。将来は三次元のホログラムで、四次元図形が描かれるだろう。

・エラストネス 地球を測る
 紀元前200年、エラストネスは地球の大きさ(全周)を測定した。

・射影幾何学と線形計画法
 ナレンドラ・カーマーカーは、射影幾何学と連立方程式を用いた線形計画法の解法を発見した。このアルゴリズムでは、射影幾何学に基づいて変形を繰り返して、最適解に短時間で辿り着くことができる。
 ジョージ・B・ダンツィグが開発したシンプレックス法は、立体の稜に沿って次々に角をチェックしていく。変数が15000を超えない場合は解に辿り着ける。