「海に還った哺乳類 イルカの不思議」村山司 2013年 ブルーバックス

 クジラ好きなので(← ゴジラとの通音で ?(^^)?)、イルカもそれなりに …。という訳で、読んでみました。なかなか面白い本でした。楽しめました。 以下はこの本の要約と引用です。


《プロローグ》

 多細胞生物が現れたのが10億年前、肉鰭類が陸に上がったのが3憶6千年前。哺乳類が現れたのが2億2千年前です。

 恐竜が絶滅したのとほぼ同時に、海に還った哺乳類がいました。鯨類の祖先です。5千5百年前に海に戻っていきました。水棲の恐竜が滅んで後。海は安全な環境でした。

 鯨類の脳は二度の巨大化が起きました。一回目は、昔鯨が絶滅し、現生する歯鯨類が出現したころ。音響探索能力を獲得をした時期とも符合します。二回目は、マイルカ類に顕著に起き、脳の構造が複雑化しました。イルカたちは音や視覚を利用して、コミュニケーションを創出し、集団を作るようになりました。

《1.なぜ深く潜れるのか》

 海獣類には、鯨類、鰭脚類(ひれ足類)、海牛類(かいぎゅう類)がいます。鰭脚類にはアシカやアザラシがいます。アシカは後肢を使って歩くこともできます。海牛類は、ジュゴンやマナティで、草食性です。

 鯨類は、髭鯨と歯鯨に大別されます。髭鯨は、口に含んだ餌を漉し取ります。シロナガスクジラやザトウクジラなど大型の種が含まれます。歯鯨は、歯で魚や烏賊などを捉えます。イルカの歯は円錐形をしています。小型の歯鯨をイルカと呼んでいます。

 鯨類は、河馬の祖先から分かれました。陸棲の偶蹄類の一部が水棲生活に移行し始めたのは、5500年前とされています。

 水中生活への移行に伴って、感覚器も変化しました。水中で高速で泳ぐ際に目が痛むのを回避するために、横に移動しました。光量の乏しい水中で暮らすために、網膜のさらに奥に反射板があり、光を増幅します。小さな音も感知するできるように、音は下顎から中耳へ伝達されます。比重の大きな物質(海水)から比重の小さな物質(脂肪)に伝わると増幅されます。鼻の孔(呼吸孔)は頭頂部に移動し、嗅覚は退化しました。

 イルカの皮膚の下には分厚い脂肪の層があります。静脈と動脈が絡み合い、熱を交換し合い温度を調節します。

 イルカは私たちの数倍の空気を吸い込みます。筋肉には酸素と結びつくミオグロビンがあり、大量の酸素を蓄えています。

 マッコウクジラの最大潜水深度は三千メートル。イッカクが千メートル。マッコウクジラは2時間以上も呼吸をせずに潜り続けることができます。烏賊を主食とするマッコウクジラは千メートルを超えるところまで潜っていかねばなりません。

 人の肺は空気で充満しているので、深海に潜ると潰れてしまいます。イルカの肺には空気は残っておらず、気管支は軟骨で守られています。肺胞の入口にある括約筋のために、肺が潰れても空気の通り道は塞がりません。肋骨の数が少なく、関節が柔軟で折れることはありません。イルカは潜水病になりません。血液中に空気がほとんど溶け込んでいないからです。

《2.イルカは女系社会》

 イルカは群れを作ります。外洋系のものは3000頭にもなります。摂餌の為の群れと、繁殖の為の群れがあります。繁殖の為の群れは、発情した雌の群れに雄が加わり、子供が生まれると雌が群れに残り育児集団となります。雄の群れもあり、群れは複雑に変動します。

 成熟するとどちらかの性の個体が群れから出ていくのが一般的です。鳥では雌が、哺乳類では雄が群れを離れるのが一般的です。

 長期間安定した群れで暮らす種は限られています。マッコウクジラとシャチは長期間同じ群れで暮らします。マッコウクジラは、大人の雌と子供たちからなる安定した集団を作ります。雄は成長すると群れから独立します。歯鯨類の群れは母系です。雄は、雌の繁殖集団を移動しながら交尾を重ねていきます。

 髭鯨類は、大きな群れを作ることがなく、強い絆を持っていないようです。見られるのは、母子のペアや一時的な摂餌集団です。

 母親が餌を捕りに行くときには、子イルカを乳母イルカが面倒をみます。親離れをした子イルカに保母イルカがつくこともあります。母子を中心にして、祖母や女友達が寄り集まって子育てに協力します。

 聴覚が優れたイルカは、音を使って情報交換しています。シャチには群れに固有のコールと呼ばれるものがあります。マッコウクジラは、一定のパターンを持つパルス音=コーダにも群れ固有のものがあります。

《3.歌う鯨》

 音は水中では、空気中の4倍以上の速さでとても遠くまで届きます。音を出す魚もいます。

 髭鯨類の発する音は3000ヘルツ以下の低周波です。低い周波数の音は、水中での減衰が少ないため遠くまで伝わります。数百キロ先まで達すると言われています。

 髭鯨類は、冬季は繁殖の為に低緯度海域へ、夏季は餌を食べるために高緯度海域へ移動します。髭鯨類(ザトウクジラ、ナガスクジラ)の発する連続鳴音がソングです。ソングは正確に繰り替えされます。ソングを発するのは繁殖期にある雄だけです。同じ海域の雄は同じソングを歌います。交流のある集団同士のソングには共通の特性があります。

 無人惑星探査機ボイジャーには、地球外知的生命体との交信を意図して、鯨のソングが積み込まれました。

 高い音で賑やかに鳴くシロイルカは、海のカナリアと称されます。イルカの鳴音は、パルス音と連続音に大別されます。パルス音はエコーロケーション。クリックスを発し、反射して戻ってきた音を感知します。コウモリもエコーロケーションをしています。

 連続音はホイッスル。イルカはホイッスルで会話していると推測されています。ホイッスルを発するイルカは沖合まで分布し、大きな群れを作る種です。多くの個体が集まるほど、多彩な鳴音が必要なようです。

 バンドウイルカは、個体に固有なシグニチャーホイッスルを持ちます。個体識別をし、鳴き交わします。

 髭鯨類に比べ、歯鯨類は鳴音の種類が豊富であり、歯鯨類の中でも群れが大きいほど鳴音の用途は複雑になります。

《4.水中で暮らすイルカは地上の夢を見るか》

 イルカの脳は大脳は顕著に発達しています。イルカはヒトよりも海馬が大きくなっています。

 イルカの視神経は完全に交差しています。魚も同様です。イルカの眼は、左右別々に動きます。二つの眼が別々に見ています。イルカの脳梁は小さく、左右の半球が独立して機能します。別々に一通りの処理が完結できます。魚や鳥も左右の脳が独立しています。

 生命を維持するために必用な脳幹や大脳辺縁系は眠れません。人の脳波を調べたところ、夢を見るのは右脳で、左脳に送られて言語化されます。無脊椎動物では、覚醒と休息があるだけとされています。魚類や両生類の睡眠には、レム睡眠やノンレム睡眠は無いとされています。

 イルカにはレム睡眠がありません。イルカは、左脳が寝ている時は右脳が起きていて、右脳が寝ている時には左脳が起きています。渡り鳥も半球睡眠をします。渡り鳥は寝る訳にはいきません。呼吸するイルカも、寝てしまったら浮上できません。イルカは右脳が寝ている時には左の眼を、左脳が眠っている時には右の眼を閉じています。眼をつぶる時間は1分ほど。一日に300回ほど繰り返します。

《5.巨大な脳に潜む知性》

 脳の重さは体の大きさに比例します。霊長類では、群れの大きさと大脳新皮質の大きさが相関しています。

 アインシュタインの脳にグリア細胞が多かったことが知られています。

 選択の訓練で、正しく選ぶたびに強化するのを「連続強化」と言います。「間歇強化」で、不定期に強化する方が学習効率が高まります。宝くじと同じです。

 鯨種の視力は0.1。視覚は人と同じように見えていると推測されます。但し、色覚は別です。海に潜ると、赤色から吸収が始まり、青色が見えるだけになり、白黒になります。魚も、河川や海岸近くに住む種には色覚がありますが、大洋を泳ぐ種には色覚はないようです。イルカの網膜には錐体はありますが、色覚があるという実験結果はありません。

 イルカには、視覚認知の一つ「補間」もあります。カニッツァの三角形を見せると、イルカも主観輪郭を認知します。イルカも、エビングハウスの錯視を起します。

 イルカにも自己認知があることを、「鏡映像認識」によって示されています。

《6.イルカと話したい》

 古代イスラエルの王ソロモンは魔法の指輪によって動物の話を理解できたという伝説があります。

 鴨川シーワールドのシロイルカ「ナック」に、物に対応した記号を覚えさせることはできました。記号から対応する物を選ぶこともできました。抽象化が獲得されています。そして覚えたサイン(記号)は忘れません。物に対する鳴音を覚えさせることもできました。