「新しい霊長類学」 京都大学霊長類研究所 2009年 ブルーバックス

 霊長類学。古の人類の血を受け継ぐ生禿としては、外してはいけないテーマだし、なんてったって世界に誇る京大霊長類研究所です。ありがたく読ませて頂きました。有難うございました。 以下はこの本の要約と引用です。*印は生禿の感想です。

《はじめに》

 霊長類研究所が設立されて40年が過ぎました。*もうそんなになるんですね。

《1. 霊長類研究の夜明け》

 先進国の中で、ヒト科以外のサルがいるのは日本だけです。

 ヒト科ヒト属ヒトという表現がありますが、ヒト科は4種。チンパンジー属とゴリラ属とオランウータン属とヒト属です。彼らはサルではありません。尻尾がなくてヒトと近縁なものを類人猿(エイプ)と称してきました。

《2. 進化と形態について》

 長い尻尾は、樹上で俊敏に動き回ったり地上を疾走する際に、体のバランスを保つために役立ってきました。

 大型類人猿は、体が重く、樹上で枝からぶら下がったり、枝を手足で掴んで枝から枝へ移ったりと、あまり俊敏に動きません。体の小さなテナガザルは樹上で俊敏に動きます。彼らは長い腕で木の枝からぶら下がり、体を振り子のようにして枝から枝へ飛び移る「腕渡り」という方法を採っています。「腕渡り」では尻尾でバランスを取る必要はありません。類人猿の祖先は、手足で枝を把握して体重を支えてゆっくり移動していたでしょう。そのために尻尾でバランスを取る必要が減り、尾が消失したと考えられます。

 原生の類人猿の中で遺伝的にヒトに近いのは、チンパンジーとボノボ、その次がゴリラです。

 人類が生まれた環境は、一挙にサバンナ化したのではなく、樹木の多い環境と草本の多い開けた環境が混在する状態が、数百万年にわたって続いたようです。樹上と地上の両方を使う生活をしていたようです。

 ナックルウォーキングをするのは、チンパンジーとゴリラだけです。現代人の二足歩行は、エネルギー消費量の少ない効率の高い行動です。

 垂直木登り運動は、直立二足歩行進化の一要因となりました。樹上四足歩行から、懸垂型が出現したと考えられます。それには体の大型化が要因となりました。オランウータンは、細い枝を移動する際、直立二足歩行をします。

 ダーウィンは、ヒトに毛が生えていないのは、毛の少ないメスがオスにとって魅力的だったから、という説を立てました。*生禿としては、この説に賛成です。毛の生えたおっぱいは嫌かな。

 無毛になった要因として最も有力なのは、外部寄生虫。毛が少ないヒトは健康被害が少なく、長生きだったと考えられます。

 汗をかく機能が最も発達しているのはヒトです。汗はエクリン腺。毛穴に付随するアポクリン腺は、脂肪や蛋白質を多く含んでいます。成分が皮膚の細菌の働きで、匂いを発して異性を惹きつけるフェロモンとして働いたりします。

 長距離を走る馬ではアポクリン腺から多量の水分を出すようになりました。類人猿はエクリン腺が発達します。ニホンザルなどでは長距離を走ると熱中症になります。サルでは、手のひらや足の裏に汗をかいて、木の枝を掴む滑り止めになっています。

 生活環境が改善された現代でも最大寿命は延びていません。哺乳類では体のサイズに比例して長くなります。鳥類やコウモリは、体の大きさの割に長寿です。捕食者危険が少なく、他の動物では到達できない木の先端部分などの植物資源が得られます。霊長類も樹上生活です。最大寿命は、生活環境への適応することで獲得した遺伝的な性質の総合です。

 個体の適応は、子孫の数と総個体数における割合で測られます。安全性の高い種は長寿になり、子供をじっくり育てます。生物は、身体維持と生殖活動の兼ね合いで、エネルギー出費を最小化している筈です。哺乳類の多くの種で、一生の間に消費するエネルギー波ほぼ一定になります。寿命と代謝率は反比例します。

 霊長類の起源は北半球の大陸と考えられています。そして、アジアやアフリカに広がります。

 霊長類は、曲鼻猿類(キツネザル類とロリス類)と、直鼻猿類(メガネザル類と真猿類)。真猿類は、広鼻猿類(新世界猿)と挟鼻猿類(小型類人猿と大型類人猿)に分類されます。

 ヒトは地球のあらゆる地域に住んでいます。ヒト以外では、マカクが種の数も個体数も多く広く分布しています。ニホンザルは、ヒト以外では最も高緯度に住んでいる霊長類です。ニホンザルの個体数は、この半世紀の間に増加しています。

 幼児期・子供期・思春期・青年期のような成長期区分は、器官や機能の成長の組み合わせで決まります。思春期は、第二次性徴が出現し性成熟が進行します。体全体の成長が加速され、性ホルモンが分泌されるようになります。サルでも、メスでは乳首が目立つようになり、お尻の毛が無くなり、お尻や顔が赤くなります。多くのサル類では思春期になると、オスは生まれた群れを離れて、単独で放浪したり、オスのグループを作ったりします。成長のパターンは、食物摂取と脳の発達、性成熟や生殖など多くの要因がからんで複雑です。

 ダーウィンは、進化の機構として、自然淘汰と性淘汰の二つを提出しています。オスが交尾するメスを巡って競争する。メスによるオスの選択が性淘汰です。自然淘汰では、オスもメスも同一の形態になると予想されます。

 霊長類の生殖の単位は、単独生活、ペア、単雄複雌群、複雄複雌群に分けられます。オス間競争が働きにくいペア型の社会を持つ種では、犬歯や体重の性差が少なくなっています。複雄複雌群で発情メスが複数のオスと交尾するチンパンジーは、単雄複雌群でメスを独占するゴリラより大きな精巣を持っています(精子競争)。ヒトの女性の乳房が、チンパンジーやボノボの祖先と分岐した後、いつ出現したかはわかっていません。

《3. 生活と社会》

 野生のサルが食べるものは小さく、お腹いっぱいになるには、長い時間をかけなければなりません。ヒト以外の霊長類の彩食は個別。休息は集まって毛づくろいします。

 蛋白質や糖分などを快く感じる。これが進化です。だから、サルが食欲のままに食べ、健康を維持できるのです。

 サルはトイレの場所が決まっていません。サルにトイレをしつけることは無理です。

 サルは子育てのための巣を作らず、母親が赤ん坊を抱いて運搬します。チンパンジーの母親は、四歳になるまで子供に授乳し、背中に背負って運びます。一夫一妻型の社会構造を持つ種では、父性が確かなので、父親が子育てをすることもあります。子育ての手助けがある場合には、子供の生存率が上がります。

 ほとんどのサルの仲間は、巣を作らず、木の上で座って寝ます。ニホンザルでは、寒い季節には岩陰などでお互い抱き合うように眠ります。ゴリラ、チンパンジー、ボノボ、オランウータンなどの大型類人猿は、木の枝や葉など編んで鳥の巣のようなベッドを作り、その上で眠ります。類人猿は新しいベッドを毎晩造ります。

 ニホンザルやチンパンジーは、複雄複雌。ゴリラは一夫多妻型。テナガザルの仲間は一夫一妻の社会集団で生活しています。ニホンザルでは、メスの子供は生まれた集団に残り、オスの子供は集団を移籍します(母系型)。チンパンジーの場合は、オスの子供が生まれた集団に残り、メスの子供が移籍します(父系型)。血縁関係のあるオスたちは、縄張りを守ります。

 メスは高順位のオスからの独占を嫌って、好きなオスと交尾しようとします。発情直前に群れから離れてオスと二頭だけで発情が終わるまで過ごすことがあります。メスは子供を育てた実績。オスは見慣れない新しさが評価されます。

 宮崎県の幸島で発見された「芋洗い行動」は、母親や仲間に行動が伝わり、群れ中に広まりました。大型類人猿の「薬草」の利用についても地域個体群で異なります。

 雌雄の後尾に似たマウンティングは、挨拶行動として使われます。緊張した場面で、弱い方がお尻を突き出して、自分が劣位であることを示し、優位者がマウンティングをして優劣関係を確認します。個体間の順位が厳しいチンパンジーは、多くの挨拶行動を持っています。

 ボノボでは、メスが抱き合って性器をこすり合わせる「ホカホカ」があります。オス同士がお尻をつけ合う「尻つけ」も対等な挨拶です。ボノボでは、二つの集団が出会った時も、尻つけで衝突を防ぎ、仲良く彩食することもあります。

 ゴリラなどでは、群れの乗っ取りの際に、子殺しが起きます。チンパンジーでも、他の集団のオスと交尾した可能性のあるメスの子が犠牲になります。

 チンパンジーは縄張り意識が強く、長期間にわたって相手方のオスを全て殺し、縄張りとメスを手に入れることがあります。大人を意図的に殺すという行動は、霊長類ではチンパンジーと人だけです。知能の発達と殺戮を伴う集団抗争の間に関係がありそうです。

 肉食による蛋白質の大量摂取が、大脳の発達と、肉の分配に伴う社会関係の結合を引き起こし、ヒト化が促進したと言われています。

 外部寄生虫の除去=毛づくろい(グルーミング)は、哺乳類で広く行われています。他社に触らせることは相手を信頼していなければできません。毛づくろいは、血縁同士が最も多いのです。仲直り行動として、毛づくろいが行われることがあります。

 草が乏しい季節では、ニホンジカがニホンザルの落とす枝や葉を食べに遠くから集まってくることがあります。霊長類の出す警戒音が他の動物に利用されることもあります。

《4. 人間とのかかわり》

 1980年代から、ニホンザルによる農作物被害が増えました。人間の活動が活発になると野生動物が減少します。現在は、山間地農村での人間の活動は減少し、野生動物が増えているのです。