「時間の分子生物学 − 時計と睡眠の遺伝子」 粂和彦 2003年 講談社現代新書
生物時計の研究者が書いた本。時間に興味を持つ私としては読むべし!ブックオフで見つけて入手しました。面白い!多くの知見を得ることができました。有難う御座いました。 以下はこの本の予約と引用です。
《はじめに》
地球上のほぼ全ての生物の遺伝子には、24時間の時を刻む能力が書き込まれています。人間とショウジョウバエは、ほとんど同じ遺伝子を使って時を刻む生物時計を持っています。7億年以上前の共通の祖先も、同じ遺伝子を使った生物時計が備わっていました。
睡眠は今でも多くの謎が残されています。なぜ人は眠るのか?なぜ夢を見るのか?はっきりとした答えはまだわかっていません。
《1. なぜ生物時計はあるのか》
生物時計(体内時計)は、概日周期(サーカディアン・リズム)を刻む時計です。真っ暗にした部屋の中でも、一日の活動周期は変わりません。
昆虫は外敵のいない夜明け前に羽化し、羽を伸ばします。成虫は、夏の日中は乾燥しやすいので動かず、朝夕に活発になります。夜の間は活動しません。
季節は、朝の時刻と夕の時刻の差から、日照時間を計算して知ります。渡り鳥は、暦の譜付と時刻と太陽の方角から計算して、一定の方向に飛びます。大変ややこしい計算をしています。
原核生物の藍藻(シアノバクテリア)は、一日に何回も細胞分裂しますが、時間の情報を細胞分裂を超えて引き継いでいます。
《2. 脳の中の振り子》
哺乳類の場合は、視床下部にある視交叉上核(SCM)が概日周期の中枢です。SCNを構成するのは、1万個の神経細胞。この神経細胞は単体で24時間のリズムを刻んでいます。小さな時計が集まって大きな時計を形成しています。お互いが同調する仕組みもあります。SCNの中でも、目の網膜からの情報を受け取る場所の時計だけが時刻を修正され、残りの時計はこれに同調します。
生物時計は、発振部と、その動きを調子する入力系、身体の機能を調節する信号を送り出す出力系に分けられます。
生物時計により、睡眠や体温が支配されます。ホルモンの分泌も24時間周期で変化します。コルチゾールは起床前から日中に分泌が高まり、メラニンや成長ホルモンは夜間の分泌が多くなります。
私たちの体のほとんどの出来事が一日の中でリズムを作っています。夜間には皮膚細胞の分裂が盛んになります。体温・血圧・脈拍、交感神経と副交感神経なども日内変動します。うつ病は、午前中に調子が悪いことが多くなります。薬を飲むタイミングも変動に合わせます。これを時間治療(クロノセラピー)と言います。
意思によってコルチゾールの分泌をコントロールし、起床の準備をすることができるようです。
《3. 生物時計の部品の発見》
ミモザ(オジギ草)の葉の日周運動は、日のない条件でも24時間周期で続きます。概日周期に遺伝的な異状のある両親を持つハエの生体時計は狂います。
遺伝子と蛋白質を同じ名前で呼ぶことがあります。DNAの情報をmRNAに移すことを転写、mRNAの情報を蛋白質にすることを翻訳、DNAをDNAにコピーすることを複製と呼びます。DNAの中から、一つの遺伝子を取り出すことをクローニングと言います。
メンデルの法則は、遺伝する性質に優勢と劣勢がある(第一法則)、それが孫の代で分離する(第二法則)を発見しました。マウスでは、黒いマウスと白いマウスから生まれた子は全て黒くなり、孫の世代では黒と白が三対一の割合で生まれます。灰色になることはありません。これは、一つの遺伝子で決まる性質についてだけで、複数の遺伝子の影響で決まる性質の場合は、中間的な性質を持つ子が生まれます。
染色体のマーカーを30種類ぐらい調べてみると、あるマーカーで病気の人とそうでない人に差があったとします。するとこの病気の遺伝子は、そのマーカーのそばにある可能性が高いと推測できます。
概日周期の遺伝子である、ピリオド、タイムレス、クロックが発見されました。哺乳類に蠅のピリオドを導入しても、ハエの細胞に哺乳類のピリオド遺伝子を導入しても機能することが確かめられました。
《4. 分子生物学が明かした驚異の仕組み》
時計の振り子が1回往復する時間を決めて、歯車の組み合わせで1秒に60分の1回転だけ回す軸を作って秒針をつけます。秒針が一周したら長針、そして短針と順に動かすように歯車を組み合わせます。
全ての生物が蛋白質を振り子とする時計を持っています。ある蛋白質が24時間周期で増えたり減ったりしています。蛋白質の種類は生物によって異なります。昆虫や哺乳類ではピリオドです。
生物は体内環境を一定に保ちます(ホメオスターシス)。何かが増えた時に、それを減らすようなネガティブ・フィードバックが働いています。
生物時計の遺伝子(発振部)
ショウジョウバエ マウス
転写の抑制 ピリオド ピリオド1,2,3
タイムレス クリプトクローム
転写の活性化 クロック クロック
サイクル BMAL1
全身の細胞が、ピリオド蛋白質の24時間周期の増減リズム(発振機構)を持っています。全身に存在するこれらの時計は、脳の中の時計に合わせているようです。
《5. 不眠症のハエから睡眠遺伝子を探る》
睡眠とは、随意運動の消失(夢遊病などの例外)、外部刺激に対する反応性の低下、が特徴。医学上は、恒温動物(哺乳類と鳥類)については、睡眠は脳波と筋電図と眼球運動で定義され、レム睡眠とノンレム睡眠に分けられています。爬虫類とか昆虫には、睡眠の定義はありません。
遺伝子の数は、ショウジョウバエで1万6千。人間で3万5千個程度と推定されています。ショウジョウバエは、一日の内6割以上の時間は、じっとしています。ハエでも、睡眠をとらないと死に至ります。
哺乳類の脳には、覚醒状態とノンレム睡眠とレム睡眠を司る部分が、三つ別々に存在します。覚醒中枢のスィッチが入っていれば、意識があって、目が覚めています。麻酔は、この三つのスイッチの全部がオフになっている状態です。
両親が不眠のハエから生まれた子は全て不眠になり、不眠のハエと正常なハエの子は全て正常です。片方の親が不眠だった子供同士から生まれた孫ハエは1/4が不眠になります。メンデルの法則に従います。
不眠のハエは、他のハエと同じスピードで歩き回るけれど休みません。不眠のハエは、普通のハエの半分の寿命しかありません。
不眠は、ドーパミンの働きが強くなっています。覚醒作用のあるアンフェタミンやコカインは、ドーパミンの作用を強くして眠気を抑えます。
《6. 睡眠の謎》
目で観察するのが解剖学や組織学や病理学。血圧や体温がどのように調節されているかを調べるのが生理学。生き物の体を作っている物質を科学的に調べるのが生化学です。生きたまま研究するのが生理学者で、殺して研究するのが生化学者。生理的な睡眠の調節機構は、まだ解明されていません。
レムとは「急速眼球運動」のこと。眼球が激しく動いている睡眠状態です。脳波は起きている時に近い波形で、「体が眠る」。夢を見ていることが多い睡眠です。ノンレム睡眠は、「脳が眠る」睡眠です。
深いノンレム睡眠は、睡眠の最初の方で、後半になるとノンレム睡眠は浅くなり、レム睡眠の時間が伸びてきます。8時間というような長い睡眠を連続して取るのは、人間の特徴の一つです(単相性睡眠)。多くの動物は、睡眠周期がレム睡眠で終わるとsどの都度目を覚まし、可能なら次の睡眠周期に入ります。
起きている時は周波数の高い波(β波)。めをつぶるだけで規則正しいα波が現れます。眠りに入るとゆっくりしたθ波が出てきます。さらに周波数が低いδ波が出現すると、深い睡眠になります。
眠るよりも静かに横になって目を閉じている方が、代謝率(エネルギーの使用量)は低い。睡眠は「脳の休息」だろうと考えられています。睡眠中は、脳の代謝は少なくなっています。イルカは眠ると溺れてしまうので、脳の片側ずつ眠ります。眠っている側の目は閉じています。
断眠実験の後では、免疫系の機能が特に傷害されています。
新生児には日内周期が認められません。3ヶ月ぐらいになると、昼と夜のリズムがはっきりしてきます。1歳頃から、一度眠るとほぼ朝まで眠るようになります。4歳ぐらいから午睡を必要としなくなります。高齢になると、睡眠単位が不規則になり、夜間の睡眠だけでは不足し、午後に眠気が強くなります。
日本国民の睡眠時間は、20代では8時間から7時間に、1時間程度短くなっています。上手な午睡は15分間。30分以上眠ると覚醒するまでの時間がかかってしまいます。
レム睡眠は覚醒しているときよりも、脳が活発に動いています。しかし、神経細胞同士の連係は弱まっていて、それぞれが不規則に活動しています。レム睡眠は、ノンレム睡眠の後にしか起きません。レム睡眠中に覚醒すると、金縛り(睡眠麻酔)が起きます。筋肉は弛緩しているので、体は動きません。
眠なかったネズミは学習効率が落ちます。レム睡眠を阻害すると学習効果が弱まります。夢を見ることは、起きている時に学習したことを復習することが示唆されます。
《7. 生物時計は睡眠をどう制御しているか》
眠気は、反復睡眠潜時で測定します。眠るまでの時間は、眠気に反比例します。眠気は睡眠が足りなくなるほど強くなります。
生物時計は、1日4時間くらいしか調整できません。12時間の時差の場所に移動すると、時差ボケを乗り切るのに1週間以上かかります。
《8. 睡眠研究の突破口 − ナルコレプシー》
ナルコレプシー(眠り病)は、普通は眠くならないような状況で眠ってしまいます。続けて起きていること、続けて寝ていることが難しい病気です。その発作(カタプレキシー:情動脱力発作)は、テンカンの一部と似ています。
睡眠時無呼吸症候群は、睡眠不足になります。イビキがひどい人は注意を要します。
オレキシンは、アミノ酸が数十個程度のペプチド性の神経伝達物質(ペプチド・ホルモン)。ナルコレプシーは、オレキシンの受容体の異常が原因。オレキシンは、食欲が増す作用があります。オレキシンは、ギリシャ語で食欲を意味します。
オレキシンを作るオレキシン・ニューロンは、視床下部の外側に存在します。オレキシン・ニューロンは、神経突起を多くの場所に伸ばしています。特に、覚醒・睡眠に関与する部分に、強いシグナルを送っています。
オレキシンは、覚醒状態を作り出します。食後、血糖値が上がると、オレキシンの分泌が減ります。オレキシンは食欲を増し、覚醒度を上げて餌探しを続けさせます。接触と睡眠の行動制御機構を説明します。ナルコレプシー患者は、オレキシンが無くなっています。