「正しい病院のかかりかた」 山本健人 2019年 幻冬舎新書
人々の生命や健康や財産を守るなんて気持ちの無い圧倒的多数を占める医者や官僚や薬品会社。そういう厳然たる事実から目を背け、医者や官僚は人々のことを考えて仕事をしているという前提で書かれた、超保守派(守旧派と言った方が適切か?)の医者が書いた本。医者への不信感が非常に強い中で、医者の立場から「正しく」病院を使って欲しいという著者の「祈り」は受け止めた方が良いでしょう。「本書を『医師と病院の取扱説明書』として使って下されば幸いです」という著者の言葉には「医師と患者の垣根を無くしたい」という切実な思いが込められています。
患者としては、医薬業界への不信感は「適正な水準」に保ちつつ(いつ殺されるかもしれないので絶対に必要です!)も、一旦は病院制度を信じ、その適正な利用法に従って治療を受ける姿勢も、「患者術」としては「必修科目」だと思われます。
薬学部でもこういう医薬の「とりあえずの適正利用」の利点を教えるのは、有意義でしょう。その意味では、とても有益な本でした。ありがとうございました。 以下は、この本の要約と引用です。
《はじめに》
「後医は名医」という言葉があります。最初に診た医師よりも後から看た医師の方が、より正確に診断しやすいためです。最初から病気を正確に見抜き、それに見合った薬を処方することは多くありません。むしろ、治療を提供してその反応を観察し、軌道修正する方が多いのです。
本書を「医師と病院の取扱説明書」として使って下されば幸いです。
《1.病院に行く前に》
・病院に行くときは、お薬手帳を持参する
薬の種類や容量を見れば、その病気の程度も判ります。かかった病院名と医師名も書かれています。その医師とやりとりする際に役に立ちます。逆に、薬を常用されている方が、お薬手帳を持たずに病院に行くことは危険を伴います。
・病院に行く前に既往歴をまとまておく
・どのくらい痛いときに病院にいくべきか
痛みは主観です。受診した方がよい2種類の痛み。慢性の痛みなら、緊急に受診する必要はありません。
1)突然痛みが発生した
2)これまで経験したことが無い痛みが発生した
・最初は医院(クリニック)に行く
病院の外来は予約患者さんの診察が優先されます。病院では複数の科を受診しなければならないときがあります。
以前と同じ症状なら、掛ったことがある医療機関に行くべきです。カルテがあるからです。
・同じ症状が続くときは病院を替えない方がいい
担当医が信用できない、という場合は別です。
・ネットで医療情報を検索しない
インターネット上の医療情報は間違いだらけです。上位に表示されても信頼性が高いとは限りません。医師が書いたものでも、何を参照して書いたのか分からない記事は信用してはいけません。
学会や公機関の情報を優先して参考にします。検索したいキーワードの後ろに「or.jp」をつけると優先表示されます。
・検査と診察
検査では異常は無いが、身体診察によって異常が分かる病気は多くあります。神経疾患や膠原病(膠原病とは、全身の複数の臓器に炎症が起こり、臓器の機能障害をもたらす一連の疾患群の総称)など、内科系の病気については、多くの医師が身体診察こそ重要という感覚を持っています。
・病院に行くときには診察しやすい服装で
ワンピースやブラトップの患者さんを前に、直接聴診器を当てたいのに…と悩むのです。スポーツブラだと、ずらし易く診察し易いので助かります。
《2.医師との関係に悩んだら》
・病因を突き止められないことは多い
症状の原因がはっきりしない場合は少なくありません。医学とはそういうものです。
症状を和らげる治療を提案し、症状に変化があれば、その時点で再度受診して頂くよう伝えます。最初は分からなかった情報が得られる可能性があるからです。
・紹介状の宛先は話し合って決める
紹介状は正式には「診療情報提供書」。紹介状に書かれた宛先と違う病院に行っても構いません。紹介状の目的は情報提供です。
・医師を替えて欲しい場合
看護師に伝え、対策を練ってもらいます。通院日を替えてもらえば、他の医師の診察を受けられるようになります。
・セカンドオピニオンは意見を聞くだけ
保険診療ではないので、高額な費用がかかります。
・専門医とは
専門医資格は「学会専門医」「学会認定医」「学会指導医」などを指します。
専門医資格は、学会に一定年数所属する、一定の症例を経験しその証明を提出する、一定の業績(学会発表)を提出する、認定試験に合格する、資格の更新のための上記の条件を満たし続ける、などが要件です。
医学博士(pfD)と医師(MD)とは別の存在。医師免許がなくても医学博士にはなれます。
・苦情を言いたいときは、苦情専用の窓口を使う
末端のスタッフに伝えても効果はあまりありません。投書などはスタッフに匿名で共有され、前向きに活かされます。
・薬を出さずに、経過観察をするには適切
何もせずに様子を見なければならないときがあります。
風邪のように薬が無い場合もあります。風邪のほとんどはウィルス感染。細菌感染に用いる抗菌薬(抗生物質)は無効。適切な抗ウィルス薬は殆どありません。
《3.癌について知っておくべきこと》
「標準治療」は、統計的に最も効果の高い治療。保険診療の範囲内で提供してもらえます。
ガイドラインは数年おきに出版されます。医師は、ウェブ版の最新情報を参照します。
固形の癌は、手術によって取り切れる場合は、手術が有効です(目に見えない癌は、手術では取れません)。
多臓器に転移のある場合は、癌細胞が血流に乗り、目に見えない癌細胞が無数にあると考えられので、手術を行いません。
臨床試験によって得られたデータの蓄積が、それぞれのケースで最適な治療を教えてくれます。同じ癌でも条件によって最適な治療は違います。
・内視鏡手術の得失
1)人間の目を超えた詳細な画像を見ながら手術ができる
2)見えにくいところまで、自由な視野で手術ができる
3)開腹手術より出血量が少ない
人間の目では確認しずらい細かな血管を認識し、事前に凝固できる
お腹や胸に二酸化単炭素ガスを注入して広げる
この気圧により毛細血管の出血が抑制される
ロボット手術は内視鏡手術の一つの形式です。ロボットアームを遠隔操作します。より細かな操作が容易になります。座ったまま手術ができます。操縦席は2m以上離れており、清潔な格好をする必要がありません。入念な手洗いの手間もありません。
・執刀医とは
手術は一般に、執刀医、第一助手、第二助手 … の2〜4人で行います。誰が執刀医という立場でこの場を乗り切るのが良いかは、変化します。手術が始まるまで分からないこともあります。執刀医の定義は明確ではありません。
・余命とは
過去の生存期間のデータをもとに、生存期間の中央値を「余命」とするのが一般的です。
・人間ドッグと自治体健診
自治体健診は、癌による死亡率減少を目的とした公共の対策(対策型検診)です。「この年齢で当てはまる方が、検査を指定された頻度で受けると、その癌による死亡率が減少する」ことが証明されているものを厳選しています。
人間ドッグは、任意型検診。過剰な検診には負の効果があります。見つける必要の無い病気を見つけてしまうこと。不必要な治療を受けるリスクがあります。自治体検診を優先することをお勧めします。
・腫瘍マーカー検査
腫瘍マーカーを「癌早期発見」のために使うことは一般的には不可能です。腫瘍マーカーは50種類以上ああります。癌があれば、値が高くなるのは事実です。癌が原因で上昇しているのであれば、進行した癌があることを意味します。早期発見には使えません。
腫瘍マーカーは、癌に関連して血液中に流出する物質ですが、癌のあるときにしか産出されない物質ではありません。
抗癌剤治療(化学療法)を行うと、主要マーカーの値が下がってきます。この変化を見ることで、抗癌剤の効果を推定できます。
・癌の免疫療法
癌を異物と見做すことができれば、免疫によって排除することは可能です。癌細胞が免疫にブレーキをかけて自衛する、その仕組みに関わるのがPD-1という分子です。PD-1は、キラーT細胞の表面にあります。PD-1をブロックすれば、キラーT細胞は本来の攻撃力を取り戻すかも知れません(免疫チェックポイント阻害剤)。
効果が証明されている免疫療法は僅かです。また、保険適用されている癌種でも、効果がある患者さんは20%程度です。副作用は、免疫機能の異常、自己免疫疾患です。この副作用に対応できなければ、免疫チェックポイント阻害剤を使うことはできません。
《4.いざというとき》
・救急車を呼ぶべきとき
救急車を利用する人は、「救急車を呼ぶのにためらいを感じない人」だという印象があります。救急車を呼ぶかどうか「迷う」ような人は、迷わずに呼ぶべきです。
1)市町村の救急相談窓口に相談する
一般 #7119
小児 #8000
2)全国版救急診療アプリ「Q助」
3)救急車利用リーフレット
救急車で来ても自力できても、待たされる時間は同じ。救急外来は、待ち時間が長いのが一般的です。
大半の病院には救急外来専属の医師はいません。多くの場合持ち回りで診ています。
休日や夜間の救急外来は、専門家医師へ引き継ぐための応急措置と、専門家医師が診る必要があるかどうかの緊急性の判断、を行います。継続して診ることもできません。緊急時を除いては、一般外来を利用した方が望ましいでしょう。
緊急外来は、多くの病院で教育の場となっており、指導医の監督下で、研修医が診療することが多くなっています。
・一次救命措置
心肺停止時は、周囲の人々による心肺蘇生が行われたかどうかが生死を分けます。
《5.薬の知識》
OTC(Over The Counter)は、市販薬と呼ばれていました。
セルフメディケーション税制は、スィッチOTCの購入に支払った金額が年間1万2千円を超えるときは、その超える分の金額(上限8万8千円)が所得から控除される制度。
副作用リスクより、得られるメリットが大きいと予想される時しか使用すべきではありません。
高血圧や糖尿病や脂質異常症(かつての高脂血症)などの生活習慣病では、薬なしでは症状を安定させられない人が多い。自らの努力で薬の減量を目指すことが大切です。薬を飲まずに生活習慣の改善を目指した方が良いケースも多々あります。日本動脈硬化学会も「安易な薬物療法導入は厳に慎むべきである」としています。
「高血圧の基準が下げられてきたのは、患者を増やすための製薬会社の陰謀だ」「高血圧は医師と製薬会社が作った病気だ」という意見が聞かれます。臨床試験で、血圧の高い人が降圧薬で血圧を下げると、心血管疾患や脳血管疾患が減ることが分かりました。このときに「高血圧」という「病気」が生まれました。
「高血圧は医師と製薬会社が作った病気だ」は「その通りであるし、多くの病気は医学の進歩によって『作られた』ものである」と、むしろ肯定したいと考えます。「これまで異常だと認識されていなかった状態」を「異常」とみなせるようになったことこそ、医学の進歩だからです。
コレステロールが低い人ほどいろいろな病気の死亡率が高いことが知られています。これは、コレステロールの低い人が病気にかかるからではなく、病気にかかった人はコレステロールが低くなるからっだと考えられています。癌は消耗性疾患。栄養状態が悪化して、体内の蛋白質や脂質が減ってしまうのです。
医師は、時間経過による病状の変化を見ています。状態が変化する病気はとても多いからです。
頓服は、症状が出たときだけ飲む薬。頓服を処方するときは、「〇時間おき」「1日〇回まで」などの制限を設けます。
病気の治療を目的とする場合は、症状の有無にかかわらない「定期薬」になります。抗菌薬(抗生物質)は、決められたタイミングで定期的に飲まないと、血中濃度を適切な範囲に維持できず、十分な効果が得られません。
定期薬の使用支持の「食後」は、飲み忘れを防ぐ目的で指定することもあります。
《6.知っておきたい家庭の医学》
OTCでも処方薬でも風邪薬には風邪を治す力はありません。風邪の症状を軽くするだけです(対症療法)。風邪の大部分はウィルスによる上気道感染症です。風邪の原因となるウィルスを壊す薬は存在しません。食事と水分をしっかり摂り、休息 … 自分の力で治すしかありません。
風邪に対して抗菌薬(抗生物質)が処方されていた時代がありました。厚労省も「感冒に対しては、抗菌薬投与を行わない」としています。
風邪をひいたときにお風呂に入ってはいけない、と言われてのは、かつて自宅にお風呂が無かったり、空調設備がなかったりして、入浴後に体が冷える恐れがあったからでしょう。
体温調節中枢が設定する体温のことを「セットポイント」と呼びます。解熱薬は、セットポイントを一時的に下げます。高熱で体がだるいときは、解熱薬で体を楽にすることには意味があります。
熱中症の体温上昇は、体表面が熱せられた「高体温症」。「発熱」とは区別します。冷やすべき場所は、太い血管が通っている首や脇の下、足の付け根です。
現在は、病院でも傷を消毒することはあまりありません。消毒液が正常な組織を痛めてしまうからです。傷に感染症が起こる(化膿する)のは、細菌が繁殖する条件が整ったときだけです。
傷は湿った状態の方が治りやすい。現在は、傷を湿った環境にしておくことが推奨されています。市販薬の「キズパワーパッド」が該当します(「バンドエイド」は含まれません)。
鼻血のほとんどは入り口付近の毛細血管からの出血ですので、圧迫する(小鼻をつまむ)だけで止血できます。鼻血が出た日は、お風呂に浸かることや飲酒や運動は控えましょう。
人間を含む動物に咬まれた傷は、感染のリスクが高いので要注意です。相手がどんな動物であっても、咬まれて傷ができているときは、病院に行くべきです。