「空間の謎・時間の謎」 内井惣七 2006年 中公新書
最近の時間の探求は、物理というより哲学寄りになっています。困ったものだ。物理学で生禿のような浅学が日本語で読める名著は残り少ないということなんでしょう。
素人考えで言えば、「色」がこの宇宙に実在しないのと、「時」がこの宇宙に実在しないのとは、次元の異なる問題です。量子力学でも、「色」は電磁波の波長という物理の実在に還元できます。では、時間は量子力学では何が素になっているのでしょう？今のところ、量子力学を素直に受け入れれば「何も無い」です。素人としては「何も無い」のでは、それをマクロな何かとして人間が感じることも出来ない筈です。数学の抽象だけで、実在を論じるのは無理があります。
この本は哲学に転向した物理出身者の本。最も避けるべき著者のタイプなのですが、評判が良いし、上記のテーマ、数学の抽象＝形式表現に物理学が堕落する出発点となったライプニッツに注目しているので読んでみました。
生禿は、微積分に関してはニュートン派です。原理として矛盾だらけのライプニッツの「無限小解析」は荒唐無稽の形式数学でしかない。この考え方は高校時代も今も変わりません。これに対して、ニュートンの「流率」は物理の実体があります。“ｄ”ではなく“��”は実測可能。物理の測度として実在します。
このニュートンの微積分は、ユークリッドの幾何学に回帰していきます。ギリシャ時代の円錐幾何。何故か？ミンコフスキー時空と通底しているのです。ガリレオの相対性原理＝ニュートン力学と、アインシュタインの相対性理論が、数学の概念として、計算式としてではなく、どのように繋がるのか？この不思議な通底をきちんとした説明を見たことも聞いたこともありません。このへんに時間の物理の出口があるのではと考えています。フェイスブックで教えて頂いた「接続の微分幾何とゲージ理論」(小林昭七)を読んでみようと思います。
今のところ宇宙の起源と時間の生成については以下のように考えています。微積分を容認するなら（つまり零と無限＝極限を認めるなら）、宇宙が放射によって形成され続ける表式［０※∞＝−１＋１ ※：揺積］を容認するべきでしょう。揺積によって［−１負有］と［＋１正有］は一部が分離したままと存続し、有が蓄積されます(同時に負有も堆積します)。有が生じると、時刻が出来事の順序として、空間は動質の相互配置(距離空間)として成立します。負有の質量は負。相互作用(力)は斥力になります。負有がこの宇宙にどのように存在するのかは、現時点では謎です。
以下はこの本の要約と引用です。
《1. 空間とは？時間とは？》
運動は時間を通じた変化。この観点から迫るのが本書の方針である。ニュートン力学は物質世界の入れ物として不動の空間と時間がなければならない。ライプニッツは、ニュートン弁護したクラークとの間で交わした往復書簡は、空間と時間の哲学の古典である。
エルンスト･マッハの流力学＝関係説力学は、ループ量子重力理論（時空の極限にループが単位となった離散構造なる）にも影響を及ぼしている。相対論が連続の数学に乗る決定論であるのに対して、量子論は離散の数学を要求する確率理論である。
《2. ライプニッツとニュートンは何を争ったか》
重力法則は大陸の学者によって、遠隔作用を前提としているという理由で疑問視された。いかなる相互作用も互いに接した物質の間の近接作用を通じて伝わる、というデカルト流の考え方が有力であった。ニュートンは「私は仮説を作らない」と解らないことを認めた。「量･持続･空間」の概念が前提され、「場所」と「運動」が定義される。「運動」とは「場所」に変化である。
ある物体を静止していると看做すということは、その物体を基準とみなしてそこに原点を持つ座標系を設定することに等しい。基準系の取り方は任意に可能である。ライプニッツは、相対運動のみに意味があるという観点から、空間と時間の定義に踏み込もうとした。
ライプニッツの時空の関係説。空間とは同時に存在しているものの間の関係(秩序)であり、時間とは同時存在するものが移り変わる継起の順序である。空間は事物の間の距離空間(配置)である。時間は出来事の継起する順序である。事物の関係の変化が運動である。「同じ場所」も事物の間の相対関係に基づいた定義である。このような「場所」を全て含むものが「空間」である。時空を位置関係や継起順序で定義する関係説では、空間と時間の量の定義が難しい。位置関係も継起順序も量ではない。それは、関係説だけでなく絶対説でも難しい。座標の値がどのように「長さ」と関係付けられるかという「メトリック(計量)」を指定しなければ幾何学は決まらない。
ホイヘンスは回転運動について、円盤に固定された人が感じる遠心力は、重力による自由落下と同等だと看破した。これは、アインシュタインの等価原理に近い。
素粒子は古典力学の粒子と共通性を持たない。ライプニッツは真空を否定する。時空の関係説では、物質がなければ空間も時間も存在しない。電磁場は電磁波を伝える場である。量子場やヒッグス場が偽真空に満ちている。
物体の運動は直進運動で、曲線運動は微小な直線運動をつないで構成できると、ライプニッツは考えた。
粒子に個性がある条件で状態数を数えるのがマクスウェル-ボルツマン統計。個性がないと仮定するとボーズ-アインシュタイン時計。無個性でかる同じ状態に一つの粒子しか入れないのがフェルミ-ディラック統計である。
《3. ニュートンのバケツから相対性理論まで》
絶対運動を相対運動からどのように見分けるか。絶対運動を生み出すのは「力」である。直進運動ならば絶対運動は解らないが、回転運動があれば、絶対回転速度は紐の張力から解る。
マッハは、「力」を特別扱いしない。質量･速度･加速度･力は全て相対的なものである。物体間の距離を基本として、相対速度はその距離の変化、加速度は速度の変化、質量は物体の相互作用から生じる加速度によって解る。アインシュタインがマッハに影響を受けたことは確かだ。
アルバート･アインシュタインの「特殊相対性理論」の「特殊」は「慣性系」という条件がついているからである。相対性理論では、同時性は運動状態によって相対的となる。同時性を決める線が「水平線」である。
慣性運動と加速運動の区別は、速度が変わっていくので曲線になる。座標に静止する人が測る座標時間と座標距離。運動する人が測る固有時間と固有距離。メトリック(計量)を導入してはじめて幾何学が決まる。ニュートン力学の同時性は、ミンコフスキー空間で光速が無限大とということに相当する。慣性系を特別扱いするのは、絶対空間を認めることと大きな違いは無い。
ホイヘンスと同様に、アインシュタインは加速による力と重力が同じだと考えた。加速運動は重力を打ち消す。自由落下系では重力場は消える。等価原理自体も微小領域でのみ成り立つ。そこでは特殊相対性理論が成り立つので、曲がった時空の測定も、この局所ローレンツ系を仲立ちにして可能となる（一般共変性）。一般共変性は、どんな座標系でも同じ物理法則を表現できるという条件である。時空の構造はメトリック(計量)によって決まり、重力法則がメトリックを決める。
重力場の方程式は、物質やエネルギーの分布時空の構造との相互関係を規定する。その時空が物質の運動を規定する。重力場は相対的なものではない。メトリックで決まる「リーマン曲率」は絶対量である。
《4. マッハ流力学の行方》
物体の質量は、物体間の相互作用による速度の変化、つまり加速度を測定することによって測れる。速度はどのように測るか？時間とは、我々が物事の変化を通じて引き出した抽象である。
アンリ･ポアンカレも、絶対空間と絶対時間を否定した。相対性の法則では、運動を定義するのが難しい。二つの時刻経過が等しいかどうかについて、直接の直感を持っていない。結局、約束事としての「時間の等しさ」や「同時性」が主張される。光速度が一定というのも規約である。
・マッハ流力学のシナリオ
１）相対距離のみを使って可能な配置を体系的に記述する
２）与えられた配置が別の配置に変化する法則を定式化する
３）現実世界の運動と合致することを確認する
バーバーの相対的配置空間(プラトニア：プラトンのイディアの世界をもじったもの)。質点が増えても空間の次元を増やすことで対応できる。この手法はラグランジュ以降の解析力学では標準となった。
ピエール･ド･ファルマの「光は最小の時間で伝わる経路を採る」＝最小作用の原理。力学の法則は、「作用」と呼ばれる力学量を最小化する法則である（変分原理）。三質点系の全体の運動を決める法則は、最小作用の原理に従って求めることができる。幾何学では測地線に相当する。関係説力学は、運動は一義的に決まる。
バーバーの見解は「時間は存在しない」「力学は時間なしでできる」。距離の測定によって時間がわかる。時間の等しさは距離の等しさに還元できる。究極の時計は、宇宙全体の運動だ。
空間と時間は相対だが、ローレンツ変換によるメトリックによって時空間は絶対となった。力学の対象が物体から幾何学に変わった。この幾何学は、物理幾何学である。それは、ライプニッツの同時存在の秩序という物体間の関係と同様である。
相対性理論では、マッハの関係説と異なり、複数の軌跡が共存する。マッハ流力学では、時間軸のないプラとニアの測地線から運動が決まり、その結果として時間の順序が生まれる。これは、有限の世界で成り立つ。無限遠点での境界条件は設定できない。
《5. 宇宙と量子》
有限宇宙では、物体間に働く引力によって、全ての物質はいずれ中心に集まって塊になってしまう筈だ。アインシュタインの宇宙定数は、斥力に相当する。ド･ジッター宇宙では、宇宙の物質の平均密度は零である。
時計とは何かという問題は、相対性理論では解決できない。膨張する宇宙のどの点においても全ての時計は同じ時刻を指している筈である。空間の中を移動していることと、空間自体が膨張していることとを混同すべきではない。膨張宇宙でも物質は膨張しない。重力は桁違いに弱い力である。
高温高密度の放射とエネルギーの密度の状態から膨張を始めたとすれば、軽い元素合成は可能だ。温度は粒子や放射の全体の平均運動エネルギーにほかならない。水素は星の内部では製造されない。星は水素を燃料として燃やし、もっと重い粒子を作り出す。
絶対零度の零度は、揺らぎがあるので、エネルギー零はあり得ない。
初期宇宙で重要な役割を果たすのは、電子･陽電子･ニュートリノ･光子である。これらはエネルギーによって生成されたり、消滅してエネルギーに変わったりする。ごく僅かな割合で陽子や中性子も含まれていたと考えられる。
場の量子論によれば、「力」は相互作用の結果生まれる。力の概念が関係に還元される。相互作用とは、ファインマン･ダイヤグラムで直感的に理解できる。反粒子は向きを逆にして表現する。光子は区別できないので矢印はつけない。中性子は崩壊して陽子･電子･反ニュートリノになる。
ヒッグス場がないと、素粒子の統一理論も、インフレーション宇宙論も成り立たない。ヒッグス機構と呼ばれる、対称性の破れによって粒子を持つことになる（宇宙の相転移）。
ゲージ理論は、異なる時空点での変換(ゲージ=定規の変換)を変えても対称性を保つことが可能であるとする理論。ゲージは、隣接した点を結ぶ接続の係数という量。
現在の宇宙は、観測の限りでは、平坦な＝ユークリッド空間に近いものである。
インフレーション下の偽真空のエネルギー密度は高い。この偽真空の斥力は高い。また、短時間しか存続しない。重力場が負のエネルギーを持つので、宇宙全体のエネルギーは零なっている。
宇宙や時空の起源は明らかになっていない。インフレーションを起こす宇宙がどのようにして誕生したのかが不明である、
プランク長とプランク時間。プランク長でできたタイルを考えよう。このタイルを四つ並べる。宇宙の中を駆け巡る情報は、この正方形当たり１ビットが最小単位となる（情報の量子）。これは、ブラックホールの温度や、エントロピーの研究から解った。
《エピローグ》
１）運動状態により、私の時間･空間とあなたの時間･空間は異なっている。
２）空間と時間は、物質やエネルギーの相互作用で構造が決まる。
３）時間は変化によって測られるが、その変化とは距離の変化である
時間とは現象の相関を表現するための手段である
４）場のエネルギーが物質粒子に対応する。
(偽)真空は空っぽではない。
５）エネルギー収支零で宇宙が可能だという意味での「無からの創造」。
量子的な揺らぎから宇宙が誕生し、時空が生じたとしても、この「揺らぎ」の場を仮定しなければならない。
