「企業を高めるブランド戦略」田中 洋 2002年 講談社現代新書
最近、ブランド論が気になっているので、読んでみました。ブランド戦略の起点を「危機」と捉えるのが、私にとっては斬新でした。ナイキやP&Gといったブランド戦略で名高い外資系の企業のマーケティングスタッフ(その殆どは米国本社のスタッフ)とやりあってきた私としては、納得する部分も多かったし、私の考えと違う部分もありました(当たり前ですが)。面白く読めたことは確か、ありがとう御座いました。
私はブランドロイヤリティを、初期のブランド論の米国での定義、購買者の一定期間の最大継続購買回数の平均値と捉えています。ですから、ブランドロイヤリティは、「購買時点以前に既に選択されている」ことと同義になります。そういう意味では、ブランドロイヤリティは、お客様が「買う」可能性=恒久の販売ポテンシャル(その時その場限りの販売促進ではなく)となります。そのポテンシャル(貯金)を「切り崩している」のが販売ということになります。そういう観点で、この本を読んでも矛盾はありません。ということは、米国流の本来のブランド論をこの本も踏襲しているということでしょう。
そして、ブランドについて私が最も印象に残っている言葉は、ナイキが日本におけるブランディングの区切りを迎えたワールドカップ日韓共催の時の担当責任者の言葉、「『ナイキ』はお客様のものになった」「もう『ナイキ』は、ナイキ自身では制御できない」という言葉です。お客様の中にあるもの。それがブランド。だから、真のブランドは、所有社が倒産しても生き続けます。ヨーロッパの「名品」と言われるブランドの殆どは、事実上倒産した企業のものでした。
以下はこの本の要約と引用です。
《序章 なぜブランドが重要なのか》
経営の世界で「概念」が横行するのは、経営コンサルタントが自分のビジネスを拡大するために言葉を「発明」するからです。
80年代に米国ではブランドへの関心が高まった。原因は、M&Aである。強いブランドを持った授業を買収すれば長期に安定した売上が見込める。
ウォルマート社は、P&Gの売上の4割を占める。このような大きなバーゲニングパワーに対して、メーカーの数少ない防衛策の一つがブランド価値を高めること。プレミアム価格を維持できるブランドを持つことである。
ブランド・エクイティ概念は、80年代に米国を中心に注目されるようになった。企業の目的は、株主価値を高めることだという意識が世界で高まった。
日本では、ビールの販路が酒販店からCVSやDSに変化し、瓶ビールから缶ビールへ移行した。
《1. ブランド戦略とは何か》
「ブランドイメージ」は、商品のイメージさえ操作すれば売れるという安易な考え方に陥りやすい。強いブランドは、優れた企業経営の結果であって、それ自体は管理すべきものではないという考え方がある。
ブランド単位で管理するとは、ブランドごとに損益を算出することを意味する。P&Gがブランドマネジメントを考えたのは、当時の大恐慌の中で、同じカテゴリーブランドの位置づけを明確にし、不必要な競合を避けるためだった。
ブランド価値の管理の対象は、顧客のブランド知覚。ブランドロイヤリティは、商品が売れ続けることを支える仕組みである。
日本企業のマーケティングの一つの特徴は、短いライフサイクルで「ヒット商品」を打ち出し、次々と新商品を発売し廃棄していく点にある。
サービスブランドの場合、顧客が購入しているのは「ブランド化された経験」。パターン化されたサービスを顧客が認知しブランドとなる。
ブランドを単位としてマーケティング組織を組んでいない場合、ブランド管理を行うことは難しい。ブランド管理は短期売上と衝突することが少なくないし、流通管理とも軋轢を生じる。営業重視の企業では特にようである。
《2. 新しいブランドを作る》
・ブランドの開発要素
ブランドコンセプト
ブランディング要素
ネーミング・ロゴ・サイン・アイコン・ …
コミュニケーション要素
広告・パッケージデザイン・店頭デザイン・プロモーション・サービス・ …
・ブランドの開発過程
ブランドテリトリー
どの市場にブランドを立てるのか
ブランドとして何をしてはいけないか
ブランドパラメター
そのブランドが何であり、何をどんな顧客に提供するか
ポジショニング・プロポジション(ブランド特性の記述)・ポロポジションサポート・ターゲット(の理想自己像≒参照集団)・ブランドキャラクター(パーソナリティ)
テスト
コンセプトシート:ヘッドライン・使用場面のイラストレーション・…
コンセプトを共有する
消費者テストに使用する
《3. 成熟ブランドを活性化する》
市場そのものが消え去ろうというときに、一つのブランドができることは限られている。
その企業の「公式データ」はどれか。社内で共通の認識を持つことが前提条件である。
衰退市場の中には、付加価値の高い代替品に置き換わっていくものがある。焼肉のたれなどに代替される醤油市場など。
成熟市場は、景気の状態と技術革新によって市場が拡大縮小を繰り返す。
ブランド資産を再検討して、それらを蘇らせる。
既存ユーザーの「革新的な消費行動」に着目して、用途や場面を広げる。例:特定地域の消費行動に着目して、ミツカン「味ぽん」を、鍋用から汎用調味料へ広げた。
「朝マック」のように、新しいターゲット(=サラリーマン)に受容される商品を開発する。
《4. 企業ブランドのマネジメント》
企業ブランドは(製品ブランドでもそうだが)、めったなことでは名称や意匠を変えてはならないものである。
日本では、第二次大戦後に主要な企業ブランドが構築された。企業が短期間に成長し、事業領域を拡大する中で、消費者のロイヤリティを形成するためには、企業ブランドが有効だった。小規模な商店を組織化するにも、企業ブランドが必要だった。企業ブランドは、保証マークとして機能した。
サービス型企業の企業ブランドは、従業員によるブランド理念の実現が欠かせない。
ブランド構築には、長期の一貫した広報活動が必要である。
《4. ブランドコミュニケーション》
消費者とブランドが関わる全ての接点を視野に入れる。
ポジショニングによって製品の価値は変わる。ソニーの「ウォークマン」は、ジャーナリスト用の携帯録音機「プレスマン」をもとにして作られた。いつでもどこでも聴ける再生専用機は、コンセプトが画期的だった。
ブランドの世界観(マルボロ=カーボーイの世界)、ブランドのパーソナル(使用者)イメージ(エスティローダー=ハリウッド女優)を設定する。
競争市場では、新発売初期に広告や店頭販促に注力した商品が生き残る。
スター使用者がいる場合は、トップアスリートが望む靴を作ったナイキのように。スターが使用する製品がブランドの認知を高める。
店舗では、店舗そのものが最も有効なメディアである。スターバックスは、広告を投下する代わりに、店舗を目立つ場所に出店し、店内のサービスによって今日の地位を築いた。
知覚品質は、顧客が知覚する品質の基準と評価。コミュニケーション全体の質を統一し、イメージディレクターが厳密に管理する。
ブランドから連想されるもの(言葉)=連想価は、ブランドを記憶させ、商品の選択を左右する。ビールの「旨い」は当たり前で、連想価を高めない。「旨い」につながる何かを訴求しなければならない。
《6. 企業戦略とブランド》
ブランドの構築と売上の追求を両立させるのは、企業トップのリーダーシップをおいてほかにない。
パッケージ商品は、「手にとって選択される」ために、ブランドそれ自体で商品が売れる仕組みが求められる。
サービスブランドでは、従業員の行動がブランドを形成する。従業員が行動する環境を作り、一貫した行動をとらせる。また、「笑顔で顧客を迎える」を迎えるマクドナルドは、前もって顧客にその理念が伝わっていなければ、笑顔が効果を発揮しない。顧客接点型ブランドのコミュニケーション・ターゲットは、顧客であり従業員である。顧客と従業員が理念を共有しなければならない。
《7. ブランド戦略の応用課題》
長く使うことで、その製品の知覚品質は確信される。
《8. ブランドのケース・スタディ》
ウルトラヘビーユーザーの心理と行動に着目したサントリー「ボス」。
顧客層とブランド資産の延長上で、製品の価値を根本から革新したトヨタ「カローラ」。居住性能と走行性能を、「カローラ」を超えた水準で実現した「ベーシックな車」。
《あとがき》
企業は危機に際しても、自分が何者であったかを見失わない限り、それを乗り越えることができる。そうでない事例も多い。コカコーラの「ニューコーク」やキリンビールの「ラガーの生化」などである。
欧米の企業がブランディングに熱心なのは、これまでに危機をさらされたからだ。ブランディングは、危機に直面して、主体性を回復しようという決意の表れである。