「新薬に挑んだ日本人科学者たち」 塚崎朝子 2013年 ブルーバックス
銭儲けのためなら人を何人殺してもお構いなし。世界の製薬企業の精神構造はどこから生まれてくるのか？とにかくどんなに患者を副作用で苦しめて死に至らしめようとも、千億円単位のボロ儲けができる。倫理を担保する「市場」がないので、役人への賄賂や治験の不正などの犯罪行為はやり放題（政治や官僚と繋がっているので人を殺しても平気！）。売上上位１０位に入る処方薬が、どれほど犯罪まみれなのか、不正だらけのか、少し調べれば呆れるほど。そんなことは周知の事実。
関心があったのは、新薬の開発者がどうやって「非人の道」へ足を踏み入れてしまうのか？なぜそんなことをするのか？が知りたかったのです。この本は、新薬開発者を礼賛するものですが、それでも「人間らしさ」を失っていく経緯を垣間見ることができました。
私は、薬学部の学生に「真っ当に生きる」ことを教えています。その意味では、参考になりました。ありがとうございました。
以下はこの本の要約と引用です。＊印は私の見解とＷｅｂ検索の結果です。
■ はじめに
薬の候補物質は、地中から、海洋から、実験室から、日々あまた生まれる。
全ての薬には副作用があり、生体にとっては毒である。
日本のお家芸である免疫学も現代の創薬の基盤となっている。
■ 薬のできるまで
新しい薬ができるまでには10年以上の年月がかかり、研究開発費費用は200憶円以上。ブロックバスター(年商1000億円以上)であれば、開発費は1000憶円以上に膨らむ。
有機化学や分析化学が進歩し、ランダムに物質を採集するのではなく、薬をデザイン(分子設計)して合成することが増えた。すでに医薬品となっている物質をリード(元の)化合物として改善を試み、新しい構造の化合物を合成することもある。
スクリーニングは、ターゲットに見合った活性の有無の試験。評価系を確立することも、薬を作るための重要な条件である。
蛋白質を機能を高める薬を「作動薬」、阻害するのを「拮抗薬」という。
最近の合成薬は、標的とする蛋白質の鍵穴に嵌り込むように設計されるものが多い。新規の化合物と、化学物ライブラリーの物質を、ロボットにより病態のモデルとなる細胞と結合させて効果や副作用を高速-自動に確かめる（ハイスループット･スクリーニング）。
「物質には全て毒性がある」「量が毒か薬かを区別する」パラケルスス。動物を用いた安全性と有効性を調べて（安全性試験＆有効性試験）改善を重ねて「最適化」が行われる。有効性試験は、薬効を見る「薬理試験」と「薬物動態試験」の二つ。薬理試験は、薬の効き目を見る。薬物動態試験は吸収-分布-代謝-排泄(ＡＤＭＥ)の試験。
最適化のためには、物質の安定性や特定の臓器への選択性を高めることも行われる。ここまでは人に投与する前なので「前臨床試験」と呼ばれる。どんな製剤にするのか、大量に合成/培養できるのか。製造法の研究も行われる。
治験(臨床試験)は、国際ルールに準拠したＧＣＰ省令に則り、製薬企業が専門医師らとともに実施される。第�義蠅蓮�安全性を見る。細胞毒性が強い抗癌剤については、第�義蟷邯海盍擬圓謀衢燭靴胴圓ΑＢ茘響蟷邯海蓮⊂�数の患者に対して薬の有効性を確認し、用量や使用期間などを調べる。第�形蟷邯海鰐戯邂找銃鷭徒媚邯魁�
医薬品の審査は、独立機関「医薬品医療機器総合機構(ＰＭＤＡ)」の所管。ＰＭＤＡは、審査業務、市販後の安全対策、健康被害の救済を担っている。1989年以降、日本･米国･ＥＵからなるＩＣＨ(日米ＥＵ医薬品規制調和国際会議)により、治験にかかる期間の短縮と費用の削減が図られるようになった。海外の治験データを承認申請資料として活用することが認められた。複数の国で治験を同時に行って共有する「国際共同治験」が主流になりつつある。
「医療用医薬品」と「一般用医薬品」。一般用医薬品は、副作用が対処が遅れる可能性があるためリスクが高いと考えられるので、認可のハードルも高い。医療用医薬品で実績を積み、安全性が確認された薬剤は、薬局で売るための申請ができる（スイッチＯＴＣ）。
欧米では自由に価格を設定できるので、製薬会社は欧米での開発を優先する。
■ 殿堂入りした創薬
コレステロール低下薬の「還元酵素阻害剤」は末尾に「スタチン」がつく。世界で最も多くの患者に用いられた薬とされる。スタチンを発見したのは、三共の遠藤章である。
人の場合、体内で合成される内因性のコレステロールの方が多い。メバスタチン(コンパクチン)は、コレステロール合成を阻害する。
「日本の若手研究者は、ハングリー精神が欠けている」「研究よりも地位にこだわる」「最近の日本企業は余裕が無くなった」。「新薬が出れば医療費がかさむ」「創薬が栄えることには疑問も感じる」。「高齢になっても元気な人は働いて欲しい」遠藤章。
＊遠藤章氏は、数少ない真っ当な研究者。こういう研究開発者だけだったら、もっと良い世界になるのだが …。
■ 化学合成と天然由来
・クラビット(レボフロキサシン)
有機合成技術で作り出す合成抗菌薬。抗菌スペクトル(効力を及ぼす病原微生物の範囲)が広い。特に、呼吸器感染症への効果が高い。
・プログラフ(タクロリムス)
藤沢薬品工業の木野享らが、放射菌の代謝生成物のタクロリムスに免疫を抑制する作用があることを突き止めた。1993年にプログラフとして発売された。
藤沢薬品は天然物からの創薬をお家芸としている。土壌を採集して、微生物を培養し精製して検体を調整し、病気の機構を手掛かりにした評価系にかけ、候補物質を見つけ出す。
目指すものをスクリーニングするには、まず評価系を構築しなければならない。スクリーニングは長く根気のいる仕事で、どこかで見切りを付けなくてはならないが、微生物のふるまいには四季があるかもしれないと考えられているため、通常１年ほど継続される。
2010年の生物多様性条約締約国歳会議が開かれた。条約には「遺伝資源の利用から生じる利益の公正かつ衡平な配分」が盛り込まれている。米国は自国の産業保護のために批准していない。
＊現在も米国は生物多様性条約を批准していません
米国が生物多様性条約を批准していない主な理由は、条約に含まれる遺伝資源の利益配分に関する規定です。この規定は、遺伝資源を利用して開発された製品から得られる利益を、遺伝資源の提供国と公平に共有することを目指しています。米国は、この規定が自国のバイオテクノロジー産業の競争力を損なう可能性があると懸念し、批准を見送ってきました。米国が生物多様性条約を批准していないことは、国際的な生物多様性保全の取り組みにとって大きな課題となっています。
＊米国が生物多様性条約を批准しないのは、製薬会社の「獣資本主義」と「非人道性」の証左の一つです。
■ 死病と向き合って
・レトロビル(ＡＺＴ)
1983年、エイズ患者から分離･同定されたのがヒト免疫不全ウィルス(ＨＩＶ)。レトロウィリスには、逆転写酵素を標的とする薬が有用だと考えられた。
満屋裕明は、世界で初めて抗ＨＩＶ活性を持つ薬剤「スラミン」の存在を確認した。「レトロビル」は1987年に米国で発売された。
■ 難病に光を
・アリセプト(ドネペジル塩酸塩)
アルツハイマー病の原因は究明されず、治療法も確立されていない。エーザイの研究員だった杉本八郎らが合成した「アリセプト」は病気の進行を遅らせると承認された。
杉本八郎は、太平洋戦争が始まった1942年に貧しい家に生まれた。大学進学を諦めた杉本はエーザイに就職する。仕事は研究の補助業務。中央大学の夜間部に通った。
杉本らは、既にアセチルコリン阻害作用のある物質が知られていて、アプローチしやすいと考えた。
「エーザイ不夜城」と揶揄される中、杉本は「９時前に帰るな」「土曜も出勤せよ」「週に５体以上合成せよ」と、激を飛ばして疎まれた。壮絶な格闘が繰り返された。
アリセプトが臨床試験に入った段階で、杉本は人事部へ異動させられた。採用活動で知り合った広島大学の木村榮一に勧められて博士号を取得した。後に研究所所長となり、退職後は創薬ベンチャーを立ち上げた。
インド人は米国人に比べアルツハイマー病が少ない。インドで常食されるカレーに含まれるウコンの成分クルクミンは、抗酸化物質であるポリフェノールの一種で抗アミロイド作用を持つ。
＊特定の患者の進行を数ヶ月遅らせるだけの対処療法薬。しかも、服用した全ての患者に重大な副作用をもたらし、多くの人々を死に至らしめた毒。近年の「薬害」の代表。開発したのはやはり、どちらかといえば「薄幸」で「野心」溢れる、つまり品性に欠ける傾向の強い人物。そういう人物が、市場という倫理制約の無い業界の品格に欠ける会社で、その出世のためには手段を選ばない「やる気」を認められるとどういう結果を招くか。多少なりとも、薬学に関わる人間として、学生に「正しい道」を歩むよう指導せねばという思いを再確認した次第です。
＊杉本八郎が研究を続けているのは「自分は悪人ではない」ことを「自分自身に納得させる」ためのものであることは明らかでしょう。ご自身では「自分はアルツハイマー病の撲滅に一生を捧げている」と信じ込んでいるでしょう。そういう「正義」を振りかざさない限り、これほどの悪事は働けないのです。それは歴史が証明しています。「人でなし」は常に「正義の人」なのです。
・カンプト(イリノテカン塩酸塩)
抗癌剤は、効果と副作用のバランスの上で成り立っている。
澤田誠吾は昭和大学の研究者から転じてヤクルトに1978年に入社した。
開発は第一製薬との共同で行われた。「抗癌剤は、副作用よりも、まずは効くことが大事。効きさえすればかなりのことは対処できる」が、第一製薬の方針。
抗癌剤は「毒を以て毒を制する薬」の代表。治験中には治療関連死も起きた。投与者1245人の内55人が副作用で死んでいる。1994年に対象者や医師を指定するなどの条件の下に承認された。
＊治験で何人死のうと、データ改竄などの秘術も尽くして承認されれば大儲け。カンプトも悪名高い抗癌剤の一つです。
■ 生活習慣病に克つ
・ファブリック(フェブキソスタット)
・ガスター(ファモチジン)
胃は胃酸で満たされている。胃潰瘍は、胃壁の粘膜が内壁がえぐられる病気。十二指腸は、酸への抵抗力が弱く、潰瘍ができやすい。
胃の細胞壁から酸分泌を促進するヒスタミンをブロックする薬が発売された。それを合成技術によって進化させたのは山之内製薬の「ガスター」。1997年には、一般用医薬品として「ガスター10」も発売された。
ピロリ菌が発見されると、大半の潰瘍の原因であることが明らかになった。
・パリエット(ラベプラゾールナトリウム)
エーザイには、創薬を推進する「プロモーター」制度がある。候補物質の研究段階から全ての権限を持ち、発売まで推進する。伊藤正春は、入社１年後には、消化器領域の担当となった。
胃潰瘍患者は胃酸分泌が多いわけではない。粘膜の防御因子が低下した病態である。伊藤正春は、研究員が打ち切られた研究の継続を提案したとき、その業務時間外の闇研をサポートした。プロトンポンプ阻害剤「パリエット」は1997年に発売された。
ピロリ菌の発見と除菌により、潰瘍の患者は激減した。
■ 情報伝達蛋白質を薬に
「プロテイン(蛋白質)」は、ギリシャ語の「一番大切なもの」に因んで命名された。
アミノ酸が連なったペプチドホルモンは、体内に広く存在して生理作用を司る。
心臓から分泌されるホルモン「ＡＮＰ」が、血管を保護することによって、癌の移転を抑制する。癌が心臓に移転しない理由である。
・インターフェロンの発見
抗体をリンパ球が作り出すためには、情報伝達分子の存在が欠かせない。抗ウィルス作用や抗腫瘍作用や免疫系作用をもつインターフェロンは、情報伝達蛋白質(サイトカイン)の一つ。
＊サイトカインは、細胞から分泌される低分子のタンパク質で生理活性物質の総称。生理活性蛋白質とも呼ばれ、細胞間相互作用に関与し周囲の細胞に影響を与える。
■ 分子を狙い撃つ抗体医薬へ
・アクテムラ(トシリズマブ)
関節リュウマチは自己免疫疾患。原因はなお不明。
遺伝子工学技術を駆使して、生物が産生する蛋白質を利用して作り出される生物製剤は、高価な薬となる。分子標的治療薬の中で、免疫機能において抗体が抗原を認識する特異性を利用した薬剤を「抗体医薬」という。
癌を増殖させ続ける分子はＩＬ-６。ＩＬ-６はあらゆる細胞から出て、あらゆる細胞に作用している。ＩＬ-６が過剰生産されると、自己免疫疾患が生じることが示唆された。
当時の中外製薬は挑戦的で、自由度が高かった。大杉義征は、1991年にヒト化抗ヒトＩＬ-６受容体モノクローナル抗体「トシリズマブ」を作製した。
日本のブロックバスターは、いずれも低分子化合物で、患者数が多い生活習慣病薬。分子構造の一部を変化させることを繰り返していた。
生活習慣病については、血圧･脂質･血糖などをコントロールできるようになった。生活習慣病薬で、今以上の薬効を得ようとすれば、副作用の方が強くなる。
「製薬会社が守りの姿勢に入り、挑戦しなくなった」「欧米の製薬会社のトップは医師で、疾患から発想する」「日本の製薬会社は世界の流れを読み切れなかった」「地味な基礎研究が薬につながる」「原理原則を突けばやがて薬になる」「役に立つことを追いかけすぎてはいけない」岸本忠三。
■ 日本人と創薬
世界最古の薬の記録は、紀元前二千年のメソポタミアの粘土板。植物250種、動物180種、鉱物120種以上の調合について記されている。
新薬の創製の機が熟したのは19世紀。伝承薬の草木の有効成分が単離されるようになってからである。
日本では、新薬と言いながら、海外で開発された製品を国内で治験を行って販売する「導入品」が中心だった。1990年代以降、新規の物質を生み出した。
製薬企業の研究者として定年まで勤めても、大半の人は新薬を世に送り出さずに終わる。
2004年に国立大学が独立行政法人化されると、大学研究者の特許は大学法人に帰属するようになっている。
世界的に見ても、製薬会社が新薬を創製する力は低下している。米国では食品医薬局(ＦＤＡ)に承認された新薬のうち半数以上が、大学やベンチャーを起源とするもの。大学や研究機関で生まれた創薬シーズが、ベンチャーに渡り、新薬開発がされた上で、製薬会社が薬として製品化する。
全ての薬は毒である。正しく使用しても、命を落とすことがある。万人に効き、万人に副作用のない薬はない。
