「医療経営のバランスト・スコアカード」 高橋淑郎 2004年 生産性出版
医療経営のBSCに第一人者の編著。事例の中心は、優秀な病院として生禿も注目している聖路加病院。しかし・・・この分野でのBSCが、BSCになっていない程度の低いもので、本来の形での成功事例は無いことが確認できました。それにしても呆れるばかりに程度の低い本でした。大学院でBSCを教える参考にします。悪い例、失敗例として使わせて貰います。 以下はこの本の要約と引用です。また、*印の部分は生禿の所見です。
1. BSCによる戦略的病院経営
日本の病院数は、人口10万人当り7.7病院。米国の1.9やドイツの2.3と比較して多い。病院は、診療所と異なり、医療法で入院患者数や外来患者数で医師数の最低基準が定められている。
病院の経営手法の未熟さが指摘されてきた。国立病院には、決算という考え方すら無かった。病院は経営を考える必要に迫られている。
民間病院は、利益を配分しない。一方で、組織の維持・成長のために成長利益を上げなければならない。自治体病院は、職員の経営への動機づけが殆ど無い。
・患者の視点
患者の再来率(新患比率)
患者の満足
・業務過程の視点
ヒヤリハット件数
医療事故件数
患者一人当り原価
医師一人当り収益
診療放射線技師の単純撮影枚数
患者の待ち時間
・学習と成長の視点 〜 人材の育成とインフラの整備
従業員の満足度
従業員の定着率
従業員の能力測定
教育訓練の回数
IT投資・情報システム
・BSCの事業展望
0)事業の使命(理念)=行動規範
1)事業展望の実現のための方策(戦略)
2)方策を具体化するための目標
3)指標の測定と統制
使命(ミッション):何のために存在するのか(存在の意義と価値)
展望(ビジョン):どのようになりたいか/あるべき将来像(3年後/5年後/10年後)
戦略:どうやって実現するか(行動の計画と資源の配分)
戦略マップ:成功する要因の道筋の地図(要因経路/機序)
BSC:KPIとその連鎖の案内盤(ナビゲーター)
BSCの基本は、可視化された指標(KPI)である。院内に点在する指標を一元管理する機構が必要である。
戦略(方策)マップは、結果を生み出すまでの過程を可視化する。戦略の道筋を描き出し、達成しなければならない項目(目標)を決定する。目標の達成を測定する尺度を探し出す。方策(戦略)の達成時期は異なる。BSCは、年度別に(3-5年分が)作成される。
その医療内容はともかくとして、厚生行政に合わせて成長してきた病院は多々ある。病院は、政治的に決められる定価の診療報酬による経営である。
経営戦略論は、外部環境との「駆け引き」に力点を置く「ゲーム理論」と、内部に力点を置き、顧客との相互作用に中心とする「学習理論」がある。
*日本の殆どの事業体には理念も展望も無い。それを捏造する方法が「SWOT分析」である。事業の外部と内部の環境を評価し、それに適応するという言い訳で、他律の展望を得ることが出来る。
専門性の高い医療では、情報の非対称性のために、消費者が信頼するに値し、信頼に耐えうる構造であることが求められる。利潤の配分をしないことが、信頼を担保する。
日本の医療法人制度は混乱している。厚生労働省は民間病院を非営利組織と見做し、一方で、財務相は普通法人として課税してきた。
米国の病院の多くは非営利団体である。英国でもカナダでも、殆どが公病院である。
2. 病院のマーケティングとBSC
急性疾患が医療の中心であったが、慢性の疾患が増加した。生活習慣病は、個人の生活習慣に関連して罹患しやすくなる疾患である。言い換えれば予防が可能な疾患である。消費者の健康に対する関心は高まっている。営業とは、需要を喚起する一連の活動である。
*世界と日本の医師や官僚は、自らの利益のために、「成人病」という幻想を発明した。愚衆を騙して「病気にする」ことは簡単だ。結果として国家の財政は破綻した。薬学部で教える人間として、なんとしてもこの実態を改善せねばならない。
1日当たり疾患別定額払い(包括払い)制度が導入され、(ABCなどにより)患者ごとに管理を行い、原価を下げることが成果になる。
患者の苦しみを目の当たりにすれば、できる限りのことはしたいという気持ちになる。暴走してしまうのが、ヒューマン・サービスの特徴である。原価をどのように考え、何を切り捨てるかに理念が集約される。
3. 医療機関におけるBSC導入の5ステップ
患者を安心させるというERの使命が達成されるためには、医者が1分以内に患者を診ることが測度となる。運び込まれた患者の延命率を目標にすると、重篤な患者の搬入を拒否する逆機能が生じる。
4. 病院におけるBSC及び戦略マップ作成の留意点
BSCを導入する組織には、組織が適切に区分されている。業務評価の項目の設定と測定が適切に行われ、伝達されている。会計システムが整備されている、ことが前提となる。
BSCは、組織がとるべき行動の脈絡を組織成員に周知する。組織が行動する規範としての役割を持つ。組織の成員の共通言語を提供する。
戦略マップの構造では、4つの視点に囚われる必要は無い。組織学習・業務過程・顧客満足・財務成果以外の視点を必要に応じて採用する。
実施項目という実行計画に必要な経営資源(人物金)を配分する。
5. 急性期病院のBSCの事例
年に一度、患者満足度調査を実施している。5段階評価であるため、数値化することは可能であった。
*このように、この本の著者が足し算もできない低能な人間であることが告白されています。
目標とする「外来の適正化」は、医療連携の強化による逆紹介の推進(送られてきた医療機関に返す)、診療開始時間の遵守、初診患者・予約患者の時間配分の適正化、患者待ち時間などで把握される。
・今後の課題
データの収集に関して業務プロセスの改善が必要だった
→ データの信頼性を向上させるために、データ収集が容易になるよううな電子カルテシステムの作成が必要
BSCの検討開始から導入まで5年かかった
→ 導入と運用を推進する職員が必要
5. 急性期病院のBSC − 済生会熊本病院
健全な経営ができている病院に共通するのは「職員識機の高さ」である。これからの医療界に生き残る道は、「全員の結集」。BSCは、その用具である。
*専門職は、組織の外部で教育訓練され、標準化された部品として組織に組み込まれる。通常は、組織への帰属意識は低く、自らの立場などにしか関心は無い。価値観の異なる専門職に共通した事業の展望は持ち得ない。
クリニカル・パスは、治療や検査の標準の経過を説明するため、入院中の予定を 日程表にまとめた入院診療計画書。クリニカルパスは、治療者の心を一つにする。
7. BSCを用いた外科戦略 − 千葉県旭中央病院
外科は、内視鏡外科を取り入れた戦略を持つ。内視鏡外科の指導医を確保した。
重要成功要因は、短期では技術者の確保と技術の習得、長期では人材育成である。目標としては、在院日数の短縮・合併症の減少・安全管理が挙げられる。結果として、患者要求に応えているか、患者の忠実度が得られているか、が問われる。
忙しい上に患者と医師の双方からの要求が増え、看護師が混乱した。クリニカル・パスの使用と内視鏡手術の推進により、在院日数は短縮した。早期胃癌に対して、積極的にLADG(腹腔鏡補助下胃切除術)を適用した結果、合併症が25%以上、再入院率も10%発生した。社会的入院からの脱却を目指すパスによる医療の影響でもあるが、入院期間と医療費に不満を述べられる患者が増えた。
8. 独立行政法人国立病院におけるBSC − 国立長野病院
独立行政法人は英国で行われた、政府の立案機能と執行機能を分離する行政改革手法である。国立病院機構の資本金は、全額政府出資。職員の身分は、公務員型である。厚生労働大臣は機構に対し、必要な業務の実施を求めることができる。
患者満足度調査を毎年実施して、それを指標化し、施設間比較を行う。医療安全管理者を中心にヒヤリハット事例の分析と研修を実施する。院内感染対策としては、院内感染サーベイランスを充実する。医療事故報告制度の実施に協力する。クリティカルパスの実施を増加させる。地域医療連携室を設置し、紹介・逆紹介の向上に努める。長期療養患者のQOLを向上させるために、面談室の設置や、ボランティアを受け入れ、患者家族の宿泊施設を設置する。
*院内感染対策サーベイランス(JANIS)
院内感染の発生状況や、薬剤耐性菌の分離状況および薬剤耐性菌による感染症の発生状況を調査し、医療現場への院内感染対策に有用な情報の還元を行う
医薬品の在庫管理システムの導入と棚卸の実施により在庫を適正化する。
9. 自治体病院におけるBSCの導入 − 三重県病院事業庁
平成14年度の決算では、全国の自治体病院の64.4%が赤字となっている。県議会からの病院閉鎖を前提とした強い要請で経営健全化が目指された。第一次経営健全化で収支均衡を達成。第二次経営健全化でBSCが導入された。
全職員参加の経営の仕組みを構築を目指した。階層ごとに対話を基本として1枚のBSCを作成することで、展望を共有し管理しようとした。医師やコメディカルからは納得を得られなかった。テンプレートをもとに容易に独自のBSCシートができるようにした。
病院長に経営の権限を委譲し、自らが経営方針を発表させた。SWOT分析による経営方針の検討会を開催し、当事者意識を高めた。
・今後に向けての問題点
BSCの考え方が浸透していない
幹部が事業の目標や成功要因を識別できない
戦略マップの手段-目的の関係と道程間の機序が検証されていない
目標を達成するための日常活動が指標化されていない
目標を達成するための予算や人員が確保されていない
成果を還元するなどの動機づけがなく、やらされ感がある
。患者中心の医療サービスを、全員参加型のチーム医療と経営システムで実現する
結果を月次に追跡する仕組み(フォローシステム)、経営の経路を誘導する機構(ナビゲーション)が不可欠である。成果を反映する人事制度を構築する
多くの自治体病院の人事体制は、大学からの送り人事で決まるため、経営に精通した病院長は少ない。一人の病院長の努力で経営が好転しても、病院長の交代とともに経営が悪化する。経営管理を機構として構築する必要がある。
診療情報、医療事故や癌5年生存率の公表により地域住民が病院を選ぶ意識が変化している。
10. 医事課・地域連携室のBSC − 福井県済生会病院
患者・連携医・職員に選ばれる病院を目指す。
− 患者様と接することを大切にしなければならない
− 最終目標は、職員のセルフマネジメント(自己管理)を行うこと
患者からは「待ち時間が長い」「待遇が悪い」「説明がない」、連携医からは「逆紹介が無い」「紹介した患者のその後の情報が無い」「患者を送りたくない」、職員からは「業務内容が解らない」「休暇が取りにくい」の声がある。
医事課は人材派遣の職員が増加して、コミュニケーション不足が問題になっている。職員と派遣の垣根があり、情報と動機にも格差がある。BSCの導入に際しては、全ての職員に参加して貰う。現場に患者サービスについての意思決定の権限を与え、現場の課題に柔軟に対応する。
日次の到達目標に対する実施結果を入力し、達成状況を確認する画面を作成。業務手順書の役割も果たす。
地域医療支援病院の承認を受け、収益の向上を目指した因果連鎖を考えた。
*地域医療支援病院
1997年に制度化地域の中核病院として専門的な治療や高度な検査・手術等を行い「地域完結型医療」の中心的役割を担う。都道府県知事によって承認され、救急医療や「かかりつけ医」から紹介された患者の診断・治療を行い、病状が安定したら「かかりつけ医」での診療を継続できるように対応する病院である。
11. 介護施設を運営する診療所の導入事例
診療所には、外来のみの無床診療所と、19床までの有床診療所がある。また、介護事業、特に訪問介護に取り組む診療所もある(訪問介護ステーションやディサービスセンター)。医療と介護で、組織の連携が取れていない診療所がある。院長が絶対の権限を持ち、職員は指示を待つだけという状況が存在する。また、栄養部門や窓口相談部門などでは、一人部署になっている。
BSCでは、各職能と各階層が、話し合いながら指標を選ぶことが重要である。
使命:信頼される地域のプライマリーケア窓口
地域住民の健康管理に総合的かつ継続的に対応し、地域医療の窓口機能を果たす
*プライマリーケア
身近にあって、何でも相談にのってくれる総合医療。
一次医療は通常の外来診療(かかりつけ)、二次医療は入院、三次医療は高次医療。
13. カナダの急性期病院(トリリウム病院)のBSC
使命:患者とその家族の要望/要求は何かという視点を失うことなく医療を提供する
業務:職員は、責任を負える範囲と意思決定の枠組みを理解し、説明責任を持つ
コックピットの計器盤(経営-業務の誘導機器)には、担当者が必要な指標が一画面に表示される。