東博 特別展「古代DNA − 日本人の来た道」
先日、観に行ってカタログを買ってきたので、ザっと読んでみました。とても解り易い解説になっています。 以下に大雑把に要約しました。
■ 最初の日本人
日本列島に人類が到着したのは4万年前だと考えられている。ホモサピエンスの出アフリカが6万年前。2万年ほどかけて到着したことになる。
沖縄県石垣島の白保竿根田原洞窟遺跡から1万7千年前の4号人骨が発掘された。白保人と同じゲノムを持つ集団は、現在ではどこにもいない。彼らは歴史の中に消えた。そのゲノムの一部は、東南アジアから東アジア、とりわけ日本人の中に伝えられていることが明らかになった。彼の祖先は、南方から琉球列島に到達したと示唆される。
欧州では4万年よりも古い集団のゲノムは現代につながらない。一方、4万年前の中国田園洞や白保人のゲノムが現代に広く東南アジア〜東アジアに共有されている。
■ 古代ゲノム解析を読み解く
用いられるのはSNPs(ゲノムの1塩基の違い)データを用いた主成分分析。ヒトゲノムの中には1千万ヶ所のSNPがある。100万個以上のSNPを比較して。各個体の遺伝特徴を明らかにする。古人骨の場合は経年劣化もあり、数万カ所のSNPを調べている。
■ 縄文人の家族像
岩手県蝦島貝塚の合葬人骨のDNA分析の結果、血縁関係はないと判断された。再婚や養子縁組などいった家族の再構築が頻繁に行われいたであろう。
■ 多様な弥生人
九州の弥生時代の遺跡の研究から、吉野ケ里遺跡を代表とする渡来系集団の大規模な集落。佐賀県や長崎県の離島や玄界灘の周辺には、大友遺跡に代表される縄文系の集団=西北九州弥生人の集落。南九州には独自の形態を持つ広田遺跡の弥生人(南九州弥生人)が居住していた。
■ 琉球列島集団の形成
琉球列島集団は、本土の渡来系集団の影響を受けて変化し、グスク時代に現在の沖縄の人たちと同じゲノム構成になると示唆されている。
琉球列島の縄文人のミトコンドリアDNAの系統は、1万年前に九州の系統から分岐した。3千年前、本土からの遺伝子の流入が貝交易などによって始まる。
琉球列島の現代人は、縄文系の遺伝子を30%ほど保持している。また、今のところ台湾からの遺伝子の流入は確認されていない。
白保人は南方から島伝いに到達したと考えられるが、縄文時代以降は本土日本との交流の中で集団が形成されていったことを示している。
■ アイヌへの道筋
アイヌは、13世紀には成立されたとされている。アイヌは縄文人の遺伝子を70%保持している。
続縄文文化期の人骨からは、アムール川下流域の先住民が持つミトコンドリアDNAの系統が検出された。また、オホーツク文化人もアイヌの形成に関わっている。
■ そして日本人が生れた
古人骨のゲノムは、東南アジアから東アジア沿岸地域の現代人に共有されている。時代を遡るほど、世界の各地で出土した人骨のゲノム同士は似ている。古い人骨のもつゲノムほど、広い地域の集団に共有されている。最終的には6万年前に出アフリカを成し遂げた集団に収束する。
3万年前から、日本列島にはユーラシア大陸東岸の広い地域から人々が到来し、融合したのが縄文人。3000年前、北部九州に大陸から灌漑稲作を行う人々が渡来した。
