● マーケティングを仕組にする − 決定計算の実際

◇出-入力の全体を表象する

顧客の事実に基づいた意思決定を行うためには、お客様の生活行動全体を捉えたデータが必要になります。シングル・データ・ソース(単一情報源)と呼ばれるものです。複数の情報源から一連の行動の流れを説明することはできません。我々が知りたいのは、結果に至る筋道の全体であって、その部分ではありません。部分をいくら寄せ集めても全体にはなりません。以下の議論は、単一情報源が適切に確保されているという前提に立っています。

決定計算(判定計算も学習計算も含めて)は、何度も言うように、因果関係を前提としない、出入力関係のモデルに基づくものです。その前提となるのは『兆し分析』です。『この結果になった時は、こういうこと(兆候)があった』という気づき(洞察:インサイト)を起点となります。そして、それを見当するために、お客様相談室などの協力を得て、この[結果-兆候]関係を確認して貰います。相関があることが確認されたら、兆し模型(モデル)を作り、パラメターの推計を行います。

例えば、「ツバメが低く飛ぶと雨になる」は、兆し模型です。低気圧が近づくと気温や湿度が高くなり、虫が多く発生します。特に湿度が高いと虫たちの羽が重くなり、低いところを飛ぼうとします。ツバメも低いところを飛ぶようになるため「雨が降る」兆候になります。このように、機序(要因の流れ)が判明している場合は論理模型になりますが、実際的には[結果−兆候]の関係だけで充分です(機序が判明していてもいなくても予測精度は変わりません。御利益が変わらないのに人間は知りたがります。それが理屈の罠です)。一方で、複雑系で有名な「北京で雨が降ったのは、メキシコで蝶が飛だのが主な要因だ」は、知恵にはりません。それが事実だとしても、再現性が確認できないものを要因として認識することはできません。つまり、予測に役立たない知識は無用です。

予測可能-理解不能が、科学としては最も健全な状態です。予測は当り外れの事実でのみ評価され、信仰の対象とはなりません。予測模型が立てられると、必ずその理屈が捏造されます。それを黙殺し切ることができるかどうか、『何となく解る』という解り方のママに放置しておけるかどうかが、現実妥当性を持ち続けられるかどうかの試金石ということになります。

「風が吹けば桶屋が儲かる」は『屁理屈』、「犬が西向きゃ尾は東」は同時現象なので『自明』。「ツバメが低く飛ぶと雨」は、再現性のある『実現傾向』です。実務家は、実現傾向さえ知っていれば、他は要りません。(屁理屈は面白いので、娯楽としは否定する必要はありません)

◇IT業界は暗箱だらけ

出入力関係だけを問題にし、ブラックボックス(暗箱)に耐えることは簡単ではありません。IT業界は暗箱だらけです。CPUの動作もOSの機構も、その殆どは暗箱です。しかも、契約条項によって暗箱条件が明記され、バックエンジニアリングには膨大な罰金が科せられることも少なくありません。

技能の標準化と知識共有の仕組が進んだ環境にありながら、IT業界の知恵の継承が進まない最大の理由が暗箱です。多くの人間にとって、“理屈抜きに”出入力関係の明確な表象を持つことが難しいこと。そして、“説明するのが面倒だから”と躊躇することが、知恵の伝承を妨げています。

何故?という理屈抜きで、暗箱の論理を理解しなければ、高度なプログラムを書くことはできません。出入力関係を表象(イメージ)思考する論理力。言語化されない論理を表象(イメージ)する能力。言葉では『何と無く解る』としか表現できない解り方です(それは暗箱の中を見通している能力なのかも知れません)。

兎も角、暗箱を前提とした手順の設計には、出入力関係を表象思考する能力が不可欠です。ですから、その能力開発の中心は、出入力関係[出力 ← 入力]を表象する訓練です。プログラムを書く技術以前に、出力に変換される入力の表象(イメージ)の持ち方を訓練しなければ、プログラムは頭に思い浮かべることはできません。

◇決定計算の自動化

最も利用されている判定計算は、リアルタイムで顧客にオファーを提供する『リアルタイム・オファリング』です。これにより「お客様に喜んでもらえるオファー」を「お客様が待っている」状態で提供できるようになります。お客様がネットの向こう側に居る状態は、この上なく貴重なビジネス機会です(日本企業には『リアルタイム・オファリング』の仕組ははありません)。

『リアルタイム・オファリング』を実施するためには、「誰に」「何を」オファーするかを意思決定する必要があります。自社HPを訪問するお客様の「それぞれに」「何を」オファーするかを決めなければなりません。そして、「今」オファーしなければ、お客様は去ってしまいます。ドラッカー流に言えば、戦略的意思決定は「正しい問いを見つけること」、戦術的意思決定は「解をだすこと」に重点があります。

戦術的な意思決定は、要因と選択肢が明確になっている意思決定です。お客様が解約しそうだという問題と、そのお客様の契約条件では他社料金の方が安いという要因が、リアルタイム・スコアリングで識別されれば、これに対するオファリングも自動化可能で、リアルタイムに提示できます。しかも、リアルタイムに『経験則』を蓄積して調整することも出来ます。このように、『リアルタイム・オファリング』は、直接的に判定計算に代行させることが可能です。

判定計算じゃ、「既知」の知識に基づく行動に主眼が置かれます。問題の構造が把握されている意思決定(代替案選択)で、問題の背景と要因が例外事象と判定されない意思決定が、自動化(判定計算)の対象になります。

お客様に対するキャンペーンや接客活動では、ニーズを検知した等の兆候が検出されれば、即時の行動が求められます。そこから分析を開始し、知識を析出し、とるべき行動を考え、実行に移すまでの時間はありません。最適でなくとも、有効な行動が即時に求められています。それが「既知」の状況ならば、分析と適用の必要はありません。人間が介在する必要もありません。むしろ、このような場合は、人間が関与することがボトルネックとなってしまいます。また、人間の不注意によって、データの発生自体を見逃してしまうリスクも発生します。人間の判定と適用プロセスは無駄なのです。

判定計算は、IF-THEN形式で記述されます(構造化文書でも記述できます)。捕捉したデータに定義された傾向が表出したら、問題を識別し、ビジネス機会を特定して、選択肢の設定し、実行する行動を判定します。この流れが一本の線でつながるのであれば、単純な“IF ある傾向, THEN 選択された行動)”という構造体に変換できます。

勿論、自動決定計算でも不測に事態が発生した場合には、これに対処する発報〜非定型解法検索などのプロセスが用意されます。これは、リアルタイム・ビジネス・インテリジェンス、もしくは、例外アラーティングと呼ばれます。データを自動監視して、設定した条件に合致した場合に、指定した人間に通知する手順を構築します。IF-THEN形式のIF部分を確定させ、THEN部分は人間に判断を委ねます。プログラム的には、THEN部分に「誰々に通知する」という行動をセットするだけなので、構造は全自動と同じです。

◇自動決定計算(判定計算)の目的

1) 顧客対応スピードの改善<即時化>

既知の知識に基づく意思決定を自動化することによって、データが発生してから、マーケティングアクションに結びつくまでの時間が短縮されます。マーケティングで最も大切なのは「いつ」です。

データの発生は、顧客のニーズを示唆します。「今までペットフードを購入したことのないお客様がペットフードを購入した」という事実は、お客様の生活に変化が起き、新たなニーズが発生したことを意味します。ある商品のホームページを何度も閲覧していれば、その商品に対する興味を示す兆候かもしれませんが、購買に至っていないのは何かの障害があるのかもしれません。

このようなデータがあっても、行動開始に時間が掛れば、ニーズに対応する機会を逃してしまいます。時間経過に伴い顧客ニーズは減退します。ニーズが発生したタイミングで、適切なオファーができれば高い反応率が期待できます。欲求の高い状態を識別できれば、多少不適切なオファーでも、お客様を動かすことができます。ですが、時機を逸したお客様には、どのようなオファーも通用しません。

2) マーケターの作業時間確保

キャンペーンを自動化すればマーケターの時間を拡大することができます。キャンペーンを設定して、スケジュールキックで顧客をリストし、オファーを組みたて、それが自動で実行されれば、マーケッターは戦略的意思決定により多くの時間を投下することができます。

3) 検知ロスの回避

自動化が漏れなく顧客ニーズを検出するので、人間による見落としを防ぐことができます。また、個人の知識や能力、経験によるばらつきを回避することが可能となります。

自動決定計算を構築するには、顧客ニーズの検出条件を設定しなければなりません。感覚的な顧客ニーズの把握ではなく、明確な規定にするのは難しく、充分な分析が必要となります。また、設定した条件が顧客ニーズに合致し続けているか、オファーは適合しているかを継続的に検証する必要もあります。

◇リアルタイミング・スコアリング

最も単純なものは、同一顧客が同一銘柄を3回購入したらPOS端末から割引クーポンを発行する、というようなものです。お客様の経済価値に応じてオファーを選択するのも簡単です。過去の実績から発生確率を計算する方法も単純です。例えば、ある顧客群にどの経路を通じて商品を案内したら、顧客経済価値が高まるかを比較します。

やや複雑な基準は、顧客群別、景品と割引の2つのオファーに対する反応確率を比較し、どの商品を案内する場合の購買確率が最も高いかを予測します。ロジスティック回帰分析で説明変数を特定し、オファー別のモデルを構築して、最も経済価値が高い、また、予算枠の中で収益が最大となる活動を選択します。

リアルタイミング・スコアリングでは、予測が充分な精度では無いと判定された場合には、安全なお薦め商品(デフォルト推奨品)を提示します。個客に充分な過去データがある場合は、ロジスティック回帰分析に設定されたモデルが適用されスコアが計算されます。最も高いスコアのモデルを選択し、そのインタラクティブな規定を適用して、特定の商品情報のクリックをトリガーとするメッセージの提示などの分岐点を辿って、顧客の経済価値最大を目指します。

ほとんどの場合はアソシエーション分析かロジスティック回帰分析のいずれかが用いられますが、事前分析としてはデシジョンツリー分析を用いるのが適切です。

◇プロアクティブ・オファリング

プロアクティブ(事前対策)・オファリングは、顧客行動の変化とその兆候を、継続モニタリングから見つけ、それに基づいてオファーを案内するものです。例えば、毎月の給与振込額とは異なる振込先から振込が発生するようになった、という契機は、顧客の生活に何かしらの変化が発生したことを示しています。自動検出された「兆し」は、対応するニーズを特定してオファーを行なうことを可能とします。

最も重要なプロアクティブ・オファリングは、お客様の接触が発生していないことを契機とするものです。お客様の信頼を失い、離反/解約が発生する前兆かもしれません。お客様に接触してフォローアップが必要です。「商品を売り込む」オファーではなく、商品をより満足して使っていただく「ケア」び為のオファーを提示します。これによってお客様の信頼取り戻し、より長い期間の取引が期待されます。

リアルタイム・オファリングを実装できるチャネル、顧客からコンタクトを受け、その場でオファーを返せる媒体は限定されます。
1) コールセンター(インバウンド)
2) WEBサイト(モバイル含む)
3) キオスク端末/D-POS端末
4) ATM

◇事例 − ATM端末を利用するお客様に定期預金の申込みを勧める

・事前の分析

ATMチャネルを利用している顧客群で、かつ、定期預金を購入する可能性の高い顧客群のプロファイルを把握します。決定木で、定期預金を契約した顧客群と、契約していない顧客群を結果変数として分析し、ルール群を樹形図として導き出しました。

顧客の絞り込み条件
 1. 投資信託商品を未契約の顧客(AND)
 2. 毎月30万円以上の入金が存在する顧客(AND)
 3. 過去1年間の最低普通預金残高が532万円以上の顧客

・インターフェース・デザイン

まず、お昼の時間帯のような端末利用トラフィックが多い時間帯は案内を避けることにします。

お客様がATMを操作している最中に、オファーを案内されても邪魔になるため、操作完了時点にオファーメッセージを案内します。
 1. リードメッセージ :お手持ちの普通預金、定期預金に変えて賢く運用しませんか?
 2. サブメッセージ  :ちょっとの手間で、1年後には国内旅行1回分の金利
 3. 補足メッセージ  :
    例えば本日付利率で 500万円分を1年定期にすれば、1年後には25,000円に
 4. 行動指示メッセージ:
    定期預金への組み入れ試算/申込書送付をご希望のお客様はこちらをタッチ下さい。

長い時間ATM端末の前に立たせたままにしないために、「ご自宅に資料をお送りします」というメッセージを表示させ、操作を完了します。資料が届いてから数日後に、電話にてフォローします。

・評価と改善

パイプ集計によってコンバージョン率を把握します。
 1.(デシジョンツリーと利用チャネルで絞り込んだ)対象顧客群
 2. 当該顧客の内、一定期間内にATM端末にアクセスした顧客群
 3. 当該顧客の内、定期預金のオファーを受諾し、申込書送付を依頼した顧客群
 4. 当該顧客の内、定期預金の契約に至った顧客群

ゴールに向かうパイプの中でどこが問題なのか、改善のポイントは何なのかを識別することができます。

他の商品も含めた契約率を比較して総合的に検討します。
 定期預金の契約確率         :0.96
 インターネットバンキングの契約確率 :0.88
 住宅ローンの契約確率        :0.87
 投資信託の契約確率         :0.01

こられの顧客がATM端末を利用する機会が多いのであれば、上位3つを交互に案内することも考えられます。

◇事例 − 旅行代理店のWEBサイト

首都圏在住のお客様が、会員向けページにログオンし、クリックストリーム・ログが取得可能という前提です。

・インターフェース・デザイン

希望旅行地を指定した後に、
 1. A. 期間限定! ○○方面格安旅行パック
 2. B. 現地利用のレンタカーを、10%オフ
 3. C. 先着100名様! □ブランドのトラベルポーチプレゼント
が表示されます。Cを選択した場合には、ダミー商品としてカートに入れられ、旅行手配を申し込んだ時点で顧客への送付指示が送信されます。

・事前の分析

ロジスティック回帰分析で、オファーをランダムに案内して、顧客群別の反応を取得して、モデルを構築します。また、過去の類似のキャンペーン結果や、類似の購買行動の結果で代用することもあります。

上記の代用としては、
 1. A. 格安旅行パックに申し込んだ顧客群
 2. B. レンタカーを手配した顧客群
 3. C. グッズ特典に反応した顧客群
が考えられます。

ロジスティック回帰分析の数式モデルは、
確率値 = 1/(1+e-F)
で表され、F部分には
F = a0 + a1x1 + a2x2 +...+ anxn
が代入されます。

例えば、Aに反応した顧客群から、
F = 0.1 + 3x1 - 4x2 + 0.5x3 - 0.02x4 - 0.01x5
 x1 = 旅行先: 沖縄
 x2 = 旅行先: 京都
 x3 = 旅行先: 北海道
 x4 = 自社利用回数
 x5 = 会員月数
の式が抽出されました。

この式は、お客様がどの地域に旅行したいかによって、オファーへの反応確率が変化することを示しています。お客様がWEBサイトを訪問し、希望旅行地を設定した段階で、リアルタイムでスコアリングする必要があります(リアルタイムで得られる変数を利用する必要の無いモデルも存在するかもしれませんが)。

リアルタイム・スコアリングはWEBサーバーに大きな負荷を掛けます。負荷を回避するためには、全ての旅行地と全ての顧客の組み合わせに関して、事前にスコアリングをしておくという方法もありますが、大きなコンピューター資源を要し、かつ、利用度の低い、無駄の多い作業になることも否めません。リアルタイムで処理するか、事前処理をしておくかはトレードオフの関係にあり、コストと効果、顧客サービスの観点で、個別具体的に決定する必要があります。

・評価とモデルの改善

実施結果によって、実際のオファーの反応が得られます。このデータを利用して再度モデルを作りなおします。また、スプリットランによって表現フォーマットをテストすることも可能です。

◇「真実の瞬間」に向けた準備

お客様の訪問は、企業や商品に対する関心、期待、要望の表れです。そしてその瞬間は、それ以前に行なってきたマーケティング活動によってもたらされたものです。この上なく貴重なビジネス機会であり、それまでに積み重ねてきた企業努力の結晶として得られたものでもあります。この瞬間にお客様の期待に応えたり、興味や関心を喚起したり、要望を満たしたりすることができれば、今回のビジネス機会だけでなく、次のビジネス機会への可能性も広がります。一方で、お客様をがっかりさせてしまったり、過剰な売り込みで辟易させてしまったりすれば、過去の努力と目の前のビジネス機会、将来のビジネス機会全てを無駄にしてしまうことになります。企業はこの瞬間にもっと力を注ぐべきですし、この瞬間のために充分な「準備」をすべきです。

この瞬間のための準備は、事実に基づく顧客理解と、それに基づいたシナリオライティング、顧客接点へのシナリオの実装です。大きな会社は、たくさんのお客様と接し、数多くのチャネルをハンドリングしなければなりません。そして「真実の瞬間」は五月雨式に訪れ、瞬く間に去っていきます。お客様が現れてから記憶を呼び起こしていたら、その間にお客様は立ち去ってしまいます。お客様が接してくれる千載一遇の機会。ですから、この瞬間を最大限に活かすために、用意周到に分析を進め、「意思決定の自動化」と「リアルタイム・オファリング」を配備するのが世界標準となっているのです。そして、残念ながら、世界の中で「日本だけ」が取り残されています。